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国語 / 晋語四

文公伐原,令以三日之糧。三日而原不降,公令疏軍而去之。諜出曰:「原不過一二日矣!」軍吏以告,公曰:「得原而失信,何以使人?夫信,民之所庇也,不可失。」乃去之,及孟門,而原請降。

書き下し

文公原を伐つ。令するに三日の糧を以てす。三日にして原降らず、公令して軍を疏(てっ)して之を去らしむ。諜(ちょう)出でて曰く、「原は一二日に過ぎざらん」と。軍吏以て告ぐ。公曰く、「原を得て信を失わば、何を以て人を使わん。夫れ信は、民の庇(よ)る所なり、失うべからず」と。乃ち之を去る。孟門に及びて、原降らんことを請う。

現代語訳

文公は原(周から与えられたが服さなかった町)を攻めた。兵には三日分の食糧を持たせるよう命じた。三日たっても原は降伏しなかったので、公は軍を撤収して引き揚げるよう命じた。すると間者が原の町から出てきて言った。「原はあと一日か二日しかもちません。」軍の役人がこれを公に伝えると、公は言った。「原を手に入れても信を失ったら、何によって人を使えようか。信は民が身を寄せるよりどころだ。失ってはならない。」そこで軍を引き揚げた。孟門まで来たところで、原の人々が降伏を申し出てきた。

解説

周の襄王から与えられた原の町が服さず、文公がこれを攻めた場面である。文公ははじめに三日分の糧食しか持たせず、三日で落ちなければ引くと約束していた。期限が来ると、間者があと一、二日で落ちると告げたが、文公は、原を得て信を失えば何によって人を使えるのかと言って、約束どおり兵を引いた。すると原の人々のほうから降伏を申し出た。韋昭注は『春秋左氏伝』を引き、一舎退いたところで原が降ったと記す。『左伝』僖公二十五年にも「信は国の宝なり」という文公の言葉とともにこの話が見える。のちの章で子犯が、民に信を示すために原を伐てと勧めたと語られているように、この撤退は信義を天下に示す一手であった。目の前の成果を捨ててでも約束を守ることで、かえって成果が向こうからやって来た。約束の重みは、それを守ることが損に見えるときにこそ試される。

この章句が説くこと

国語晋語信約束原

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