国語 / 晋語四
公子謂子犯曰:「何如?」對曰:「將奪其國,何有於妻,唯秦所命從也。」謂子餘曰:「何如?」對曰:「禮志有之曰:『將有請於人,必先有入焉。欲人之愛己也,必先愛人。欲人之從己也,必先從人。無德於人,而求用於人,罪也。』今將婚媾以從秦,受好以愛之,聽從以德之,懼其未可也,又何疑焉?」乃歸女而納幣,且逆之。
新字:公子謂子犯曰:「何如?」対曰:「将奪其国,何有於妻,唯秦所命従也。」謂子余曰:「何如?」対曰:「礼志有之曰:『将有請於人,必先有入焉。欲人之愛己也,必先愛人。欲人之従己也,必先従人。無徳於人,而求用於人,罪也。』今将婚媾以従秦,受好以愛之,聴従以徳之,懼其未可也,又何疑焉?」乃帰女而納幣,且逆之。
書き下し
公子子犯に謂いて曰く、「何如(いかん)」と。対えて曰く、「将に其の国を奪わんとす、何ぞ妻に有らん。唯秦の命ずる所に従わん」と。子余(しよ)に謂いて曰く、「何如」と。対えて曰く、「礼志に之有りて曰く、『将に人に請う有らんとすれば、必ず先ず入るる有り。人の己を愛せんことを欲すれば、必ず先ず人を愛す。人の己に従わんことを欲すれば、必ず先ず人に従う。人に徳無くして、用を人に求むるは、罪なり』と。今将に婚媾(こんこう)して以て秦に従い、好を受けて以て之を愛し、聴従して以て之を徳とせんとす。其の未だ可ならざるを懼る、又何ぞ疑わん」と。乃ち女を帰して幣を納れ、且つ之を逆(むか)う。
現代語訳
公子は子犯に言った。「どうしたものか。」子犯は答えた。「これからその人(子圉)の国を奪おうというのです。妻のことなど何のこだわりがありましょう。秦の言うとおりになさればよいのです。」公子は子余(趙衰の字)に言った。「どうしたものか。」子余は答えた。「礼の記録にこうあります。『人に何かを頼もうとするなら、まず自分から相手の懐に入ることだ。人に愛されたいなら、まず人を愛せよ。人に従ってもらいたいなら、まず人に従え。人に恩を施さずに、人の力を借りようとするのは罪である』と。いま婚姻を結んで秦に従い、その好意を受けて秦を愛し、その意に従って秦に恩を感じてもらおうとしているのです。それでもまだ足りないのではないかと恐れるほどなのに、何を迷うことがありましょう。」そこで懐嬴をいったん秦に帰し、あらためて結納を納めて、正式に迎え入れた。
解説
この章句が説くこと
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『玉勝間』十三の巻 臣の王を娶る事記略に、延暦十二年九月丙戌の詔に、見任の大臣、良家の子孫、三世以下を娶るを許す、但し藤原氏は、累代相承けて、摂政絶えず、此を以てこれを論ずれば、等しきに因るべからず、殊に二世以下を娶るを聴すべしと見えたり。そもそも古は、皇女はさらにも申さず、すべて臣の、王の女を娶ることは、ゆるされぬ事にて、さる事かつて無かりしを、継嗣令に、臣五世の王を娶るは聴すとあるは、令の時、始めての御制にや有りけむ。そのかみ万の事、さしも漢風にうつされしかども、これらはさすがに、人の情の安からざる事なれば、延暦の頃になりてすら、なお上の件の如くなりけらし。令のかの同じつづきに、王は親王を娶り、ただ五世の王は、親王を娶るを得ずとも見えて、諸王は、四世までも、皇女をも娶りしを、臣は、そのかみわずかに、五世の女王を娶ることをゆるされしを以て、王と臣と、すじの尊き卑しきけじめ、厳なりしことを知るべし。夫婦のむすびをなすことも、尊き卑しきけじめ、かばかり正しかりしを、そののち何事もみな、漸に漢風にうつりはてて、ついに今の如くには成りぬるなり。世の人ただ、同姓娶らずなど云う、漢風の事をのみ、思い云いて、皇国の古に、かばかり尊き卑しきけじめを分けし事をば、知らざめる故に、今いささかおどろかすなり。
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易経・彖伝帰妹(きまい)は、天地の大義なり。天地交わらざれば、万物興らず。帰妹は、人の終始なり。説(よろこ)びて以て動く、帰(とつ)ぐ所は妹(まい)なり。「征けば凶」とは、位当たらざればなり。「利(よ)ろしき攸(ところ)なし」とは、柔の剛に乗ればなり。
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