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国語 / 晋語四

遂如楚,楚成王以周禮享之,九獻,庭實旅百。公子欲辭,子犯曰:「天命也,君其饗之。亡人而國薦之,非敵而君設之,非天,誰啟之心!」既饗,楚子問於公子曰:「子若克復晉國,何以報我?」公子再拜稽首對曰:「子女玉帛,則君有之。羽旄齒革,則君地生焉。其波及晉國者,君之餘也,又何以報?」王曰:「雖然,不穀願聞之。」對曰:「若以君之靈,得復晉國,晉、楚治兵,會于中原,其避君三舍。若不獲命,其左執鞭弭,右屬櫜鞬,以與君周旋。」 令尹子玉曰:「請殺晉公子。弗殺,而反晉國,必懼楚師。」王曰:「不可。楚師之懼,我不修也。我之不德,殺之何為!天之祚楚,誰能懼之?楚不可祚,冀州之土,其無令君乎?且晉公子敏而有文,約而不諂,三材侍之,天祚之矣。天之所興,誰能廢之?」子玉曰:「然則請止狐偃。」王曰:「不可。《曹詩》曰:『彼己之子,不遂其媾。』郵之也,夫郵而效之,郵又甚焉。效郵,非禮也。」於是懷公自秦逃歸。秦伯召公子於楚,楚子厚幣以送公子于秦。

新字:遂如楚,楚成王以周礼享之,九献,庭実旅百。公子欲辞,子犯曰:「天命也,君其饗之。亡人而国薦之,非敵而君設之,非天,誰啓之心!」既饗,楚子問於公子曰:「子若克復晋国,何以報我?」公子再拝稽首対曰:「子女玉帛,則君有之。羽旄歯革,則君地生焉。其波及晋国者,君之余也,又何以報?」王曰:「雖然,不穀願聞之。」対曰:「若以君之霊,得復晋国,晋、楚治兵,会于中原,其避君三舎。若不獲命,其左執鞭弭,右属櫜鞬,以与君周旋。」 令尹子玉曰:「請殺晋公子。弗殺,而反晋国,必懼楚師。」王曰:「不可。楚師之懼,我不修也。我之不徳,殺之何為!天之祚楚,誰能懼之?楚不可祚,冀州之土,其無令君乎?且晋公子敏而有文,約而不諂,三材侍之,天祚之矣。天之所興,誰能廃之?」子玉曰:「然則請止狐偃。」王曰:「不可。《曹詩》曰:『彼己之子,不遂其媾。』郵之也,夫郵而効之,郵又甚焉。効郵,非礼也。」於是懐公自秦逃帰。秦伯召公子於楚,楚子厚幣以送公子于秦。

書き下し

遂に楚に如(ゆ)く。楚の成王周礼を以て之を享(きょう)す。九献、庭実旅百(りょひゃく)。公子辞せんと欲す。子犯曰く、「天命なり、君其れ之を饗けよ。亡人にして国之を薦め、敵に非ずして君之を設く。天に非ずんば、誰か之が心を啓かん」と。既に饗す。楚子公子に問いて曰く、「子若し克く晋国に復らば、何を以て我に報いん」と。公子再拝稽首して対えて曰く、「子女玉帛は、則ち君之を有す。羽旄(うぼう)歯革は、則ち君の地に生ず。其の晋国に波及する者は、君の余りなり。又何を以て報いん」と。王曰く、「然りと雖も、不穀(ふこく)願わくは之を聞かん」と。対えて曰く、「若し君の霊を以て、晋国に復るを得ば、晋・楚兵を治めて、中原に会わば、其れ君を避くること三舎せん。若し命を獲ずんば、其れ左に鞭弭(べんび)を執り、右に櫜鞬(こうけん)を属(つ)け、以て君と周旋せん」と。 令尹子玉(しぎょく)曰く、「請う晋の公子を殺さん。殺さずして、晋国に反らば、必ず楚の師を懼れしめん」と。王曰く、「不可なり。楚の師の懼るるは、我修めざればなり。我の不徳、之を殺して何をか為さん。天の楚に祚せば、誰か能く之を懼れしめん。楚祚すべからずんば、冀州(きしゅう)の土、其れ令君無からんや。且つ晋の公子は敏にして文有り、約にして諂(へつら)わず、三材之に侍す、天之に祚せり。天の興す所、誰か能く之を廃せん」と。子玉曰く、「然らば則ち請う狐偃を止めん」と。王曰く、「不可なり。曹詩に曰く、『彼の己(き)の子、其の媾(こう)を遂げず』と。之を郵(とが)むるなり。夫れ郵めて之に效(なら)わば、郵又甚だし。郵に效うは、礼に非ざるなり」と。是に於て懐公秦より逃げ帰る。秦伯公子を楚に召す。楚子幣を厚くして以て公子を秦に送る。

現代語訳

こうして一行は楚へ行った。楚の成王は周の礼にのっとって公子をもてなし、九度の献杯という上公に対する礼を用い、庭には百を数える贈り物を並べた。公子は辞退しようとした。子犯が言った。「これは天命です。君よ、お受けなさい。亡命者であるのに一国がこれほど重んじ、対等の身分でもないのに君主が宴を設けたのです。天でなければ、誰がこの人の心を開かせましょう。」宴が終わると、楚子(成王)が公子に尋ねた。「あなたがもし晋に帰ることができたら、わたしに何で報いてくれるか。」公子は再拝して頭を地につけ、答えた。「美しい男女や宝玉・絹なら、君はすでにお持ちです。鳥の羽や旄牛の尾、象牙や犀の皮は、君の領地に産します。それが晋にまで流れてくるのは、君の余りものです。このうえ何をもって報いられましょう。」王は言った。「それはそうだが、わたしはぜひ聞いてみたいのだ。」公子は答えた。「もし君のご威光によって晋に帰ることができたなら、晋と楚が兵を動かして中原で出会うことになったとき、君を避けて三舎(九十里)退きましょう。それでもお許しが得られなければ、左手に鞭と弓を取り、右に矢筒と弓袋をつけて、君のお相手をいたしましょう。」 令尹(楚の宰相)の子玉が言った。「晋の公子を殺させてください。殺さずに晋へ帰らせれば、必ず楚の軍を脅かすでしょう。」王は言った。「いけない。楚の軍が脅かされるとすれば、それはわたしが徳を修めていないからだ。わたしに徳がないのなら、この人を殺して何になろう。天が楚に恵みを与えるなら、誰が楚を脅かせよう。楚が恵みを受けるに値しないなら、冀州(晋のある中原の地)の地に良い君主が出ないはずがあろうか。そのうえ晋の公子は聡明で言葉に文があり、苦境にあってもへつらわず、三人の有能な者が仕えている。天が恵みを与えているのだ。天が興そうとするものを、誰が廃することができよう。」子玉は言った。「それならば狐偃を引き留めさせてください。」王は言った。「いけない。曹の詩に『あの人は、その寵愛を全うしない』とある。これはとがめる詩だ。人をとがめておきながら同じことをすれば、とがめはいっそう重くなる。とがめられることをまねるのは礼ではない。」ちょうどそのころ、懐公(恵公の太子子圉)が人質になっていた秦から逃げ帰った。秦伯(穆公)は公子を楚から呼び寄せ、楚子は手厚い贈り物を添えて公子を秦へ送り出した。

解説

重耳が楚に至り、成王から国君並みの礼で迎えられる場面である。『春秋左氏伝』僖公二十三年にも、成王が「何を以て報いん」と問い、重耳が「中原で相まみえれば三舎退こう」と答えるくだりがある。報いを問われて、財宝は楚のほうが豊かだとかわし、なお迫られると、戦場では礼として退くが、それでも許されなければ一戦を辞さないと答えた。厚遇への感謝と一国の主となる者の矜持を、両立させた言葉である。子玉は危険を察して殺害を進言したが、成王は、楚が脅かされるならそれは自分の不徳ゆえだと退けた。韋昭注は、古くは軍が一日に三十里進んで宿営したので三舎は九十里だと説く。この約束は城濮の戦いで実際に果たされ、晋軍は三舎退いたうえで楚軍を破った。器の大きな成王の判断が、結果として楚の敗北を招いたのは歴史の皮肉である。相手の恩に報いつつ、譲れない一線をはっきり示すことが信頼を生む。

この章句が説くこと

国語晋語三舎礼楚

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