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国語 / 晋語四

公子過鄭,鄭文公亦不禮焉。叔詹諫曰:「臣聞之:親有天,用前訓,禮兄弟,資窮困,天所福也。今晉公子有三祚焉,天將啟之。同姓不婚,惡不殖也。狐氏出自唐叔。狐姬,伯行之子也,實生重耳。成而雋才,離違而得所,久約而無釁,一也。同出九人,唯重耳在,離外之患,而晉國不靖,二也。晉侯日載其怨,外內棄之;重耳日載其德,狐、趙謀之,三也。在《周頌》曰:『天作高山,大王荒之。』荒,大之也。大天所作,可謂親有天矣。晉、鄭兄弟也,吾先君武公與晉文侯戮力一心,股肱周室,夾輔平王,平王勞而德之,而賜之盟質,曰:『世相起也。』若親有天,獲三祚者,可謂大天。若用前訓,文侯之功,武公之業,可謂前訓。若禮兄弟,晉、鄭之親,王之遺命,可謂兄弟。若資窮困,亡在長幼,還軫諸侯,可謂窮困。棄此四者,以徼天禍,無乃不可乎?君其圖之。」弗聽。 叔詹曰:「若不禮焉,則請殺之。諺曰:『黍稷無成,不能為榮。黍不為黍,不能蕃廡。稷不為稷,不能蕃殖。所生不疑,唯德之基。』」公弗聽。

新字:公子過鄭,鄭文公亦不礼焉。叔詹諫曰:「臣聞之:親有天,用前訓,礼兄弟,資窮困,天所福也。今晋公子有三祚焉,天将啓之。同姓不婚,悪不殖也。狐氏出自唐叔。狐姫,伯行之子也,実生重耳。成而雋才,離違而得所,久約而無釁,一也。同出九人,唯重耳在,離外之患,而晋国不靖,二也。晋侯日載其怨,外内棄之;重耳日載其徳,狐、趙謀之,三也。在《周頌》曰:『天作高山,大王荒之。』荒,大之也。大天所作,可謂親有天矣。晋、鄭兄弟也,吾先君武公与晋文侯戮力一心,股肱周室,夾輔平王,平王労而徳之,而賜之盟質,曰:『世相起也。』若親有天,獲三祚者,可謂大天。若用前訓,文侯之功,武公之業,可謂前訓。若礼兄弟,晋、鄭之親,王之遺命,可謂兄弟。若資窮困,亡在長幼,還軫諸侯,可謂窮困。棄此四者,以徼天禍,無乃不可乎?君其図之。」弗聴。 叔詹曰:「若不礼焉,則請殺之。諺曰:『黍稷無成,不能為栄。黍不為黍,不能蕃廡。稷不為稷,不能蕃殖。所生不疑,唯徳之基。』」公弗聴。

書き下し

公子鄭を過ぐ。鄭の文公も亦礼せず。叔詹(しゅくせん)諫めて曰く、「臣之を聞く、天に親しみ、前訓を用い、兄弟を礼し、窮困を資(たす)くるは、天の福する所なり。今晋の公子に三祚(さんそ)有り、天将に之を啓かんとす。同姓は婚せず、殖(ふ)えざるを悪(にく)めばなり。狐氏は唐叔より出づ。狐姫は、伯行の子なり、実に重耳を生む。成りて雋才(しゅんさい)あり、離違して所を得、久しく約(くる)しみて釁(きず)無し、一なり。同出九人、唯重耳のみ在り、外に離るるの患いありて、晋国靖(やす)からず、二なり。晋侯日に其の怨みを載せ、外内之を棄つ。重耳日に其の徳を載せ、狐・趙之を謀る、三なり。周頌に在りて曰く、『天高山を作り、大王之を荒(おお)いにす』と。荒とは、之を大いにするなり。天の作る所を大いにす、天に親しむと謂うべし。晋・鄭は兄弟なり。吾が先君武公晋の文侯と力を戮(あわ)せ心を一にし、周室に股肱(ここう)し、平王を夾輔す。平王労(ねぎら)いて之を徳とし、之に盟質を賜いて曰く、『世々相起(たす)けよ』と。若し天に親しむは、三祚を獲る者、天を大いにすと謂うべし。若し前訓を用うるは、文侯の功、武公の業、前訓と謂うべし。若し兄弟を礼するは、晋・鄭の親、王の遺命、兄弟と謂うべし。若し窮困を資くるは、亡げて長幼に在り、諸侯に還軫(かんしん)す、窮困と謂うべし。此の四者を棄てて、以て天禍を徼(もと)むるは、乃ち不可なること無からんや。君其れ之を図れ」と。聴かず。 叔詹曰く、「若し礼せずんば、則ち請う之を殺さん。諺に曰く、『黍稷(しょしょく)成ること無くんば、栄を為すこと能わず。黍黍と為らずんば、蕃廡(はんぶ)すること能わず。稷稷と為らずんば、蕃殖すること能わず。生ずる所疑わず、唯徳の基なり』と」。公聴かず。

現代語訳

公子は鄭を通った。鄭の文公もまた礼をもって遇さなかった。叔詹(鄭の大夫)が諫めて言った。「わたしはこう聞いております。天の意に親しみ、先人の教えを用い、兄弟の国を礼遇し、困窮した者を助ける者には、天が福を授ける、と。いま晋の公子には天の恵みのしるしが三つあり、天はこの人に道を開こうとしています。同姓の者どうしは結婚しません。子孫が栄えないのを嫌うからです。ところが狐氏は晋と同じく唐叔の流れを汲んでおり、狐姫は伯行の娘で、この人が重耳を生みました。それなのに公子は成長してすぐれた才を備え、国を離れても身の置き所を得て、長く苦しい境遇にあっても過ちがありません。これが第一です。同じ父から生まれた兄弟九人のうち、重耳だけが生き残り、国外にさまよう憂き目にあう一方で、晋の国は安定していません。これが第二です。晋侯(恵公)は日ごとに恨みを積み重ねて内外から見捨てられ、重耳は日ごとに徳を積み重ねて狐偃や趙衰がそのために謀っています。これが第三です。周頌に『天が高い山を作り、大王(周の古公亶父)がそれを大きくした』とあります。荒とは大きくするということです。天の作ったものを大きくすることこそ、天の意に親しむと言えます。晋と鄭は兄弟の国です。わが先君の武公は、晋の文侯と力を合わせ心を一つにして周室の手足となり、平王を左右から支えました。平王はその労をねぎらって徳とし、盟約の証を与えて『代々互いに助け合え』と言いました。天の意に親しむというなら、三つの恵みを得た者を大切にすることが、天を大きくすることです。先人の教えを用いるというなら、文侯の功績と武公の事業こそが先人の教えです。兄弟の国を礼遇するというなら、晋と鄭の親しさと平王の遺命こそが兄弟の証です。困窮した者を助けるというなら、幼いころから大人になるまで亡命し、諸侯の国々を車でめぐっている公子こそが困窮した者です。この四つを捨てて天の災いを招き寄せるのは、いけないことではありませんか。どうかよくお考えください。」文公は聞き入れなかった。 叔詹は言った。「もし礼をもって遇さないのなら、いっそ殺してしまってください。ことわざに『黍や稷が実らなければ、花を咲かせることもできない。黍が黍として育たなければ、茂ることはできない。稷が稷として育たなければ、増えることはできない。生まれ出るものに疑いはなく、ただ徳がそのもとになる』とあります。」文公はそれも聞き入れなかった。

解説

重耳一行が鄭に至り、文公に冷遇される場面で、鄭の大夫叔詹が二度にわたって諫めた。『春秋左氏伝』僖公二十三年にも叔詹の諫言が載り、同姓の父母から生まれながら栄えていること、国外で苦しみながら晋が定まらないこと、三人の士が従っていることを天の開く兆しとしている。『国語』ではさらに、天に親しむ・前訓を用いる・兄弟を礼する・窮困を助けるという四つの筋道を立て、鄭と晋が平王を共に支えた歴史まで引いて、重耳を礼遇すべき理由を積み上げた。聞き入れられないと見るや、ならば殺せと言う。韋昭注は結びのことわざを、黍を植えれば黍が、稷を植えれば稷が生えるように、禍福も植えたものから生じる意だと解き、礼を尽くさないなら除いておくべきだとする。後に晋は鄭を攻め、叔詹の身柄を求めることになる。礼を尽くすか、禍根を断つか。中途半端な冷遇が最も悪い結果を生むという、冷徹な判断の型である。

この章句が説くこと

国語晋語諫言天命礼

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