国語 / 晋語四
自衛過曹,曹共公亦不禮焉,聞其骿脅,欲觀其狀,止其舍,諜其將浴,設微薄而觀之。僖負羈之妻言於負羈曰:「吾觀晉公子賢人也,其從者皆國相也,以相一人,必得晉國。得晉國而討無禮,曹其首誅也。子盍蚤自貳焉?」僖負羈饋飧,寘璧焉。公子受飧反璧。 負羈言於曹伯曰:「夫晉公子在此,君之匹也,不亦禮焉?」曹伯曰:「諸侯之亡公子其多矣,誰不過此!亡者皆無禮者也,余焉能盡禮焉!」對曰:「臣聞之:愛親明賢,政之幹也。禮賓矜窮,禮之宗也。禮以紀政,國之常也。失常不立,君所知也。國君無親,以國為親。先君叔振,出自文王,晉祖唐叔,出自武王,文、武之功,實建諸姬。故二王之嗣,世不廢親。今君棄之,不愛親也。晉公子生十七年而亡,卿材三人從之,可謂賢矣,而君蔑之,是不明賢也。謂晉公子之亡,不可不憐也。比之賓客,不可不禮也。失此二者,是不禮賓,不憐窮也。守天之聚,將施於宜。宜而不施,聚必有闕。玉帛酒食,猶糞土也,愛糞土以毀三常,失位而闕聚,是之不難,無乃不可乎?君其圖之。」公弗聽。
新字:自衛過曹,曹共公亦不礼焉,聞其骿脅,欲観其状,止其舎,諜其将浴,設微薄而観之。僖負羈之妻言於負羈曰:「吾観晋公子賢人也,其従者皆国相也,以相一人,必得晋国。得晋国而討無礼,曹其首誅也。子盍蚤自貳焉?」僖負羈饋飧,寘璧焉。公子受飧反璧。 負羈言於曹伯曰:「夫晋公子在此,君之匹也,不亦礼焉?」曹伯曰:「諸侯之亡公子其多矣,誰不過此!亡者皆無礼者也,余焉能尽礼焉!」対曰:「臣聞之:愛親明賢,政之幹也。礼賓矜窮,礼之宗也。礼以紀政,国之常也。失常不立,君所知也。国君無親,以国為親。先君叔振,出自文王,晋祖唐叔,出自武王,文、武之功,実建諸姫。故二王之嗣,世不廃親。今君棄之,不愛親也。晋公子生十七年而亡,卿材三人従之,可謂賢矣,而君蔑之,是不明賢也。謂晋公子之亡,不可不憐也。比之賓客,不可不礼也。失此二者,是不礼賓,不憐窮也。守天之聚,将施於宜。宜而不施,聚必有闕。玉帛酒食,猶糞土也,愛糞土以毀三常,失位而闕聚,是之不難,無乃不可乎?君其図之。」公弗聴。
書き下し
衛より曹を過ぐ。曹の共公も亦礼せず。其の骿脅(へんきょう)なるを聞き、其の状を観んと欲し、其の舎に止め、其の将に浴せんとするを諜(うかが)い、微薄(びはく)を設けて之を観る。僖負羈(きふき)の妻、負羈に言いて曰く、「吾晋の公子を観るに賢人なり。其の従者は皆国の相なり。以て一人を相(たす)けば、必ず晋国を得ん。晋国を得て無礼を討たば、曹其れ首めに誅せられん。子盍ぞ蚤(はや)く自ら貳(べつ)にせざる」と。僖負羈飧(そん)を饋(おく)り、璧を寘(お)く。公子飧を受けて璧を反す。 負羈曹伯に言いて曰く、「夫れ晋の公子此に在り、君の匹なり。亦礼せざらんや」と。曹伯曰く、「諸侯の亡公子其れ多し、誰か此を過ぎざらん。亡者は皆無礼の者なり、余焉んぞ能く尽く礼せん」と。対えて曰く、「臣之を聞く、親を愛し賢を明らかにするは、政の幹なり。賓を礼し窮を矜(あわれ)むは、礼の宗なり。礼以て政を紀するは、国の常なり。常を失えば立たず、君の知る所なり。国君は親無く、国を以て親と為す。先君叔振(しゅくしん)は、文王より出で、晋の祖唐叔は、武王より出づ。文・武の功、実に諸姫を建つ。故に二王の嗣、世々親を廃せず。今君之を棄つるは、親を愛せざるなり。晋の公子生まれて十七年にして亡(に)げ、卿材三人之に従う、賢と謂うべし。而るに君之を蔑(ないがし)ろにするは、是れ賢を明らかにせざるなり。謂うに晋の公子の亡ぐるは、憐れまざるべからざるなり。之を賓客に比すれば、礼せざるべからざるなり。此の二者を失うは、是れ賓を礼せず、窮を憐れまざるなり。天の聚(しゅう)を守るは、将に宜(ぎ)に施さんとすればなり。宜にして施さずんば、聚必ず闕(か)くる有らん。玉帛酒食は、猶糞土のごときなり。糞土を愛して以て三常を毀ち、位を失いて聚を闕く、是れを之れ難しとせざるは、乃ち不可なること無からんや。君其れ之を図れ」と。公聴かず。
現代語訳
一行は衛から曹を通った。曹の共公もまた礼をもって遇さなかった。公子の肋骨がつながって一枚板のようだと聞き、そのありさまを見たいと思い、公子を宿舎に泊めて、入浴しようとするところをうかがい、薄い幕を張って覗き見た。曹の大夫僖負羈の妻が夫に言った。「わたしの見るところ、晋の公子は賢人です。付き従う者はみな一国の宰相になれる人物です。その人たちが一人の主を助けるのですから、必ず晋の国を得るでしょう。晋を得て、無礼だった国を討つなら、曹がまっ先に罰せられます。あなたはどうして早めに自分だけ別の立場をとっておかないのですか。」そこで僖負羈は公子に食事を贈り、その下に璧(宝玉)を忍ばせた。公子は食事だけ受け取り、璧は返した。 負羈は曹伯(共公)に言った。「晋の公子がここに来ています。君と対等の身分の方です。礼をもって遇さないでよいものでしょうか。」曹伯は言った。「諸侯の国から逃げてきた公子は多い。誰だってここを通る。逃げてくる者はみな礼を知らぬ者だ。わたしがいちいち礼を尽くしていられようか。」負羈は答えた。「わたしはこう聞いております。親族を愛し賢者を明らかにすることは政治の幹であり、賓客を礼遇し困窮者をあわれむことは礼の根本である。礼によって政治を整えるのが国の常道であり、常道を失えば国は立たない、と。これは君もご存じのことです。国君には個人としての親族はなく、国をもって親族とするのです。わが先君の叔振(曹の始祖)は文王の子であり、晋の祖の唐叔は武王の子です。文王と武王の功業が、姫姓の諸国を打ち立てたのです。ですから二王の子孫は、代々親しみを絶やさずにきました。いま君が公子を捨て置くのは、親族を愛さないことです。晋の公子は十七歳で亡命し、卿となる器の者が三人も従っています。賢者と言うべきです。それを君が侮るのは、賢者を明らかにしないことです。思えば、晋の公子の亡命はあわれまずにはいられないものであり、賓客として迎えれば礼を尽くさずにはいられない相手です。この二つを失うのは、賓客を礼遇せず、困窮者をあわれまないことです。天から授かった財を守るのは、それを義にかなうところに施すためです。義にかなうのに施さなければ、財は必ず欠けることになります。宝玉や絹や酒食は、いわば糞土のようなものです。糞土を惜しんで三つの常道を損ない、地位を失い財も欠くことになるのに、それを重大と思わないのは、いけないことではありませんか。どうかよくお考えください。」しかし共公は聞き入れなかった。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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論語・八佾篇子、太廟に入り、事毎に問う。或曰く、『誰か鄒人の子を礼を知ると謂うや、太廟に入りて事毎に問う。』子これを聞きて曰く、『是れ礼なり。』
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論語・八佾篇子曰く、『夏の礼、吾能く之を言う。杞は徵すに足らず。殷の礼、吾能く之を言う。宋は徵すに足らず。文献足らざる故なり。足らば、則ち吾能く之を徵せん。』
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論語・学而篇有子曰く、「礼の用は和を貴しと為す。先王の道も斯を美と為す。小大之に由れども、行われざる所有り。和を知りて和すれども、礼を以て之を節せざれば、亦行う可からざるなり。」
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論語・八佾篇孔子季氏を謂う、「八佾庭に舞わす。是れをも忍ぶ可くんば、孰れをか忍ぶ可からざらん。」
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論語・八佾篇子曰く、君に事えて礼を尽くせば、人以て諂いと為すなり。
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論語・八佾篇林放礼の本を問う。子曰く、「大なるかな問いや。礼は其の奢らんよりは、寧ろ倹せよ。喪は其の易めんよりは、寧ろ戚めよ。」
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