国語 / 晋語四
姜與子犯謀,醉而載之以行。醒,以戈逐子犯,曰:「若無所濟,吾食舅氏之肉,其知饜乎!」舅犯走,且對曰:「若無所濟,余未知死所,誰能與豺狼爭食?若克有成,公子無亦晉之柔嘉,是以甘食。偃之肉腥臊,將焉用之?」遂行。
新字:姜与子犯謀,酔而載之以行。醒,以戈逐子犯,曰:「若無所済,吾食舅氏之肉,其知饜乎!」舅犯走,且対曰:「若無所済,余未知死所,誰能与豺狼争食?若克有成,公子無亦晋之柔嘉,是以甘食。偃之肉腥臊,将焉用之?」遂行。
書き下し
姜子犯と謀り、酔わせて之を載せて以て行く。醒めて、戈(ほこ)を以て子犯を逐いて曰く、「若し済(な)す所無くんば、吾舅氏(きゅうし)の肉を食らうとも、其れ饜(あ)くを知らんや」と。舅犯走りて、且つ対えて曰く、「若し済す所無くんば、余未だ死所を知らず、誰か能く豺狼(さいろう)と食を争わん。若し克く成すこと有らば、公子も亦晋の柔嘉(じゅうか)無からんや、是を以て甘食せん。偃の肉は腥臊(せいそう)なり、将た焉んぞ之を用いん」と。遂に行く。
現代語訳
姜氏は子犯と相談し、公子を酒に酔わせて車に載せ、斉を出発させた。酔いから醒めた公子は戈をつかんで子犯を追いかけ、言った。「もし事が成らなかったら、おじ上の肉を食らっても、まだ食い足りないぞ。」舅犯(子犯)は逃げながら答えた。「もし事が成らなければ、わたしはどこで死ぬかもわかりません。山犬や狼と肉を奪い合うことなど誰ができましょう。もし成し遂げられたなら、公子には晋のやわらかくおいしいものがいくらでもあり、それを味わわれるでしょう。偃(わたし)の肉は生臭くて、何の役にも立ちますまい。」こうして一行は旅を続けた。
解説
姜氏の説得が通じなかったため、姜氏と子犯が重耳を酔わせて車に載せ、無理やり斉を出発させた場面である。『春秋左氏伝』僖公二十三年にも、醒めた重耳が戈で子犯を追ったと記されている。重耳の「おじの肉を食らっても足りない」という激しい言葉に、子犯は逃げながらも機知で応じた。事が成らなければ自分は野垂れ死にして山犬や狼の餌になるから、あなたが食べる肉は残らない、成功すれば晋のうまいものがいくらでもあるから、自分の生臭い肉など要らない、と。怒る主君を正面から諫めず、笑いを含んだ言葉でその怒りを受け流し、しかも目的が帰国にあることを改めて思い出させている。主君を酔わせて連れ出すという荒療治は、姜氏と子犯が重耳の天命を信じていたからこそできた。部下が上の意に反してでも事を進めるとき、その後の怒りをどう受け止めるかにも器量が問われる。
この章句が説くこと
国語晋語子犯機知忠
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