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国語 / 晋語三

晉饑,乞糴於秦。丕豹曰:「晉君無禮於君,眾莫不知。往年有難,今又薦饑。已失人,又失天,其有殃也多矣。君其伐之,勿予糴!」公曰:「寡人其君是惡,其民何罪?天殃流行,國家代有。補乏薦饑,道也,不可以廢道於天下。」謂公孫枝曰:「予之乎?」公孫枝曰:「君有施於晉君,晉君無施於其眾。今旱而聽於君,其天道也。君若弗予,而天予之。苟眾不說其君之不報也,則有辭矣。不若予之,以說其眾。眾說,必咎於其君。其君不聽,然後誅焉。雖欲禦我,誰與?」是故氾舟於河,歸糴於晉。 秦饑,公令河上輸之粟。虢射曰:「弗予賂地而予之糴,無損於怨而厚於寇,不若勿予。」公曰:「然。」慶鄭曰:「不可。已賴其地,而又愛其實,忘善而背德,雖我必擊之。弗予,必擊我。」公曰:「非鄭之所知也。」遂不予。

新字:晋饑,乞糴於秦。丕豹曰:「晋君無礼於君,衆莫不知。往年有難,今又薦饑。已失人,又失天,其有殃也多矣。君其伐之,勿予糴!」公曰:「寡人其君是悪,其民何罪?天殃流行,国家代有。補乏薦饑,道也,不可以廃道於天下。」謂公孫枝曰:「予之乎?」公孫枝曰:「君有施於晋君,晋君無施於其衆。今旱而聴於君,其天道也。君若弗予,而天予之。苟衆不説其君之不報也,則有辞矣。不若予之,以説其衆。衆説,必咎於其君。其君不聴,然後誅焉。雖欲禦我,誰与?」是故氾舟於河,帰糴於晋。 秦饑,公令河上輸之粟。虢射曰:「弗予賂地而予之糴,無損於怨而厚於寇,不若勿予。」公曰:「然。」慶鄭曰:「不可。已頼其地,而又愛其実,忘善而背徳,雖我必撃之。弗予,必撃我。」公曰:「非鄭之所知也。」遂不予。

書き下し

晋饑(う)え、糴(てき)を秦に乞う。丕豹曰く、「晋君君に無礼なること、衆知らざる莫し。往年難有り、今又薦(しき)りに饑う。已に人を失い、又天を失う、其の殃(わざわい)有ること多し。君其れ之を伐て、糴を予うること勿かれ」と。公曰く、「寡人其の君を是れ悪む、其の民何の罪かあらん。天殃流行して、国家代わる代わる有り。乏しきを補い饑えを薦(すく)うは、道なり。以て道を天下に廃すべからず」と。公孫枝に謂いて曰く、「之に予えんか」と。公孫枝曰く、「君晋君に施し有るも、晋君其の衆に施し無し。今旱(ひでり)して君に聴く、其れ天道なり。君若し予えずんば、而ち天之に予えん。苟も衆其の君の報いざるを説ばずんば、則ち辞有らん。之に予えて、以て其の衆を説ばしむるに若かず。衆説べば、必ず其の君を咎めん。其の君聴かずんば、然る後に焉を誅せん。我を禦がんと欲すと雖も、誰か与せん」と。是の故に舟を河に氾(うか)べ、糴を晋に帰る。 秦饑う。公河上に令して之に粟を輸(いた)さしめんとす。虢射(かくせき)曰く、「賂の地を予えずして之に糴を予うるは、怨みに損無くして寇を厚くす。予うること勿きに若かず」と。公曰く、「然り」と。慶鄭(けいてい)曰く、「不可なり。已に其の地を頼(え)て、又其の実を愛しむ。善を忘れて徳に背く、我と雖も必ず之を撃たん。予えずんば、必ず我を撃たん」と。公曰く、「鄭の知る所に非ざるなり」と。遂に予えず。

現代語訳

晋が飢饉に見舞われ、秦に穀物を買い入れたいと願い出た。丕豹(晋から亡命した丕鄭の子)が言った。「晋君が殿に無礼を働いたことは、誰もが知っています。先年は内乱があり、今年はさらに飢饉が重なりました。すでに人心を失い、そのうえ天にも見放されたのですから、災いはこれからも多いでしょう。殿、どうか晋を討ってください。穀物を与えてはなりません」。穆公は言った。「私が憎いのは晋の君であって、その民に何の罪があろう。天の災いはあちこちに巡ってくるもので、どの国にも代わる代わる起こる。足りない国を助け、飢えた国を救うのは道である。天下に道を廃するようなことはできない」。そして公孫枝(子桑)に尋ねた。「穀物を与えようか」。公孫枝は言った。「殿は晋君に恩を施されましたが、晋君は自分の民に恩を施していません。いま日照りに苦しんで殿に頼ってきたのは、天の道というものです。殿がもし与えなければ、天が晋に実りを与えるでしょう。晋の民はもともと、自分たちの君が秦の恩に報いないのを快く思っていないのですから、ここで与えなければ、かえって晋に言い分を与えてしまいます。与えて晋の民を喜ばせるに越したことはありません。民が喜べば、必ず自分たちの君を責めるでしょう。それでも晋君が聞き入れなければ、そのとき討てばよいのです。晋君が私たちを防ごうとしても、誰が味方しましょう」。こうして秦は黄河に船を浮かべて、晋に穀物を送り届けた。 その後、秦が飢饉に見舞われた。恵公は河のほとりの地に命じて、秦に穀物を送らせようとした。虢射(晋の大夫)が言った。「約束の土地も渡さずに穀物だけ与えても、秦の怨みは少しも減らず、敵を強くするだけです。与えないほうがよろしい」。恵公は言った。「もっともだ」。慶鄭(晋の大夫)が言った。「いけません。すでに秦の土地を手に入れておきながら、そのうえ穀物まで惜しむのは、受けた善を忘れて恩に背くことです。私が秦であっても必ず晋を討つでしょう。与えなければ、秦は必ずわが国を討ってきます」。恵公は言った。「鄭の知ったことではない」。こうして結局、穀物を与えなかった。

解説

晋と秦が相次いで飢饉に見舞われたとき、両国の君がどう応じたかを対比する場面である。韋昭注によれば晋の飢饉は魯の僖公十三年で、『春秋左氏伝』同年にも同じ記事がある。丕豹は晋を討つ好機だと訴えたが、穆公は、憎いのは君であって民に罪はない、飢えを救うのは天下の道だと退けた。公孫枝は、与えれば晋の民は喜び、恩に報いない自分の君を責めるようになると、道にかなうことが同時に得策でもあると説いた。一方、翌年秦が飢えると、恵公は虢射の言に従って穀物を送らなかった。慶鄭が恩に背けば必ず秦に討たれると諫めても、退けられた。この対比がそのまま次の韓原の戦いにつながる。相手が困ったときにどう振る舞うかで、信頼の貸し借りは決まる。その重さを示す章である。

この章句が説くこと

国語晋語恩道秦

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