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国語 / 晋語二

公子縶退,弔公子夷吾于梁,如弔公子重耳之命。夷吾告冀芮曰:「秦人勤我矣!」冀芮曰:「公子勉之。亡人無狷潔,狷潔不行。重賂配德,公子盡之,無愛財!人實有之,我以徼倖,不亦可乎?」公子夷吾出見使者,再拜稽首,起而不哭,退而私於公子縶曰:「中大夫里克與我矣,吾命之以汾陽之田百萬。丕鄭與我矣,吾命之以負蔡之田七十萬。君苟輔我,蔑天命矣!亡人苟入掃宗廟,定社稷,亡人何國之與有?君實有郡縣,且入河外列城五。豈謂君無有,亦為君之東游津梁之上,無有難急也。亡人之所懷挾纓纕,以望君之塵垢者。黃金四十鎰,白玉之珩六雙,不敢當公子,請納之左右。」 公子縶反,致命穆公。穆公曰:「吾與公子重耳,重耳仁。再拜不稽首,不沒為後也。起而哭,愛其父也。退而不私,不沒於利也。」公子縶曰:「君之言過矣。君若求置晉君而載之,置仁不亦可乎?君若求置晉君以成名於天下,則不如置不仁以猾其中,且可以進退。臣聞之曰:『仁有置,武有置。仁置德,武置服。』」是故先置公子夷吾,寔為惠公。

新字:公子縶退,弔公子夷吾于梁,如弔公子重耳之命。夷吾告冀芮曰:「秦人勤我矣!」冀芮曰:「公子勉之。亡人無狷潔,狷潔不行。重賂配徳,公子尽之,無愛財!人実有之,我以徼倖,不亦可乎?」公子夷吾出見使者,再拝稽首,起而不哭,退而私於公子縶曰:「中大夫里克与我矣,吾命之以汾陽之田百万。丕鄭与我矣,吾命之以負蔡之田七十万。君苟輔我,蔑天命矣!亡人苟入掃宗廟,定社稷,亡人何国之与有?君実有郡県,且入河外列城五。豈謂君無有,亦為君之東游津梁之上,無有難急也。亡人之所懐挟纓纕,以望君之塵垢者。黄金四十鎰,白玉之珩六双,不敢当公子,請納之左右。」 公子縶反,致命穆公。穆公曰:「吾与公子重耳,重耳仁。再拝不稽首,不没為後也。起而哭,愛其父也。退而不私,不没於利也。」公子縶曰:「君之言過矣。君若求置晋君而載之,置仁不亦可乎?君若求置晋君以成名於天下,則不如置不仁以猾其中,且可以進退。臣聞之曰:『仁有置,武有置。仁置徳,武置服。』」是故先置公子夷吾,寔為恵公。

書き下し

公子縶退き、公子夷吾を梁に弔うこと、公子重耳を弔うの命の如くす。夷吾冀芮に告げて曰く、「秦人我を勤(たす)く」と。冀芮曰く、「公子之を勉めよ。亡人は狷潔(けんけつ)無し、狷潔なれば行われず。重賂もて徳に配せよ。公子之を尽くせ、財を愛しむこと無かれ。人実に之を有するに、我以て徼倖す、亦可ならずや」と。公子夷吾出でて使者に見え、再拝稽首し、起ちて哭せず、退きて公子縶に私して曰く、「中大夫里克我に与(くみ)せり。吾之に命ずるに汾陽(ふんよう)の田百万を以てす。丕鄭我に与せり。吾之に命ずるに負蔡(ふさい)の田七十万を以てす。君苟も我を輔けば、天命を蔑(な)みせん。亡人苟も入りて宗廟を掃い、社稷を定めば、亡人何ぞ国をこれ有らん。君実に郡県有り、且つ河外の列城五を入れん。豈に君に有ること無しと謂わんや、亦君の東游して津梁の上に、難急有ること無からしめんが為なり。亡人の懐挟(かいきょう)する所の纓纕(えいじょう)、以て君の塵垢を望む者なり。黄金四十鎰(いつ)、白玉の珩(こう)六双、敢えて公子に当てず、請う之を左右に納れん」と。 公子縶反り、命を穆公に致す。穆公曰く、「吾は公子重耳に与せん。重耳は仁なり。再拝して稽首せざるは、後と為ることに没(むさぼ)らざるなり。起ちて哭するは、其の父を愛するなり。退きて私せざるは、利に没らざるなり」と。公子縶曰く、「君の言過てり。君若し晋君を置きて之を載(な)さんことを求めば、仁を置くこと亦可ならずや。君若し晋君を置きて以て名を天下に成さんことを求めば、則ち不仁を置きて以て其の中を猾(みだ)し、且つ以て進退すべきに如かず。臣之を聞く、曰く、『仁にも置くこと有り、武にも置くこと有り。仁は徳を置き、武は服を置く』と」。是の故に先ず公子夷吾を置く、寔(これ)を恵公と為す。

現代語訳

公子縶は狄を辞し、梁にいる公子夷吾を、重耳を弔問したときと同じ口上で弔問した。夷吾は冀芮に言った。「秦の人々は私を助けてくれるようだ」。冀芮は言った。「公子よ、ぜひ進めなさい。亡命の身で潔癖を守っていては、大事は成りません。手厚い贈り物で徳の足りないところを補いなさい。惜しまず出し尽くし、財を惜しんではなりません。国を継ぐ資格のある人はほかにもいますが、私たちが僥倖を得ようとしても、構わないではありませんか」。公子夷吾は出て使者に会い、再拝して額を地につけ、立ち上がっても泣かず、退出してから公子縶にひそかに言った。「中大夫の里克は私に味方してくれています。私は彼に汾陽の田地百万畝を与えると約束しました。丕鄭も私に味方してくれています。彼には負蔡の田地七十万畝を与えると約束しました。秦君がもし私を助けてくださるなら、天命など要りません。私がもし帰国して宗廟を清め、社稷を安んじることができるなら、国土を独り占めすることなどありましょうか。秦君はもとより郡県をお持ちですが、さらに黄河の外側の城五つを献上しましょう。秦君に領地がないなどと言うのではありません。秦君が東へお出かけになるとき、渡し場や橋の上で難儀なさらぬようにと思うからです。私は馬の胸がいや腹帯を携えて、秦君の車の塵を仰いでお供したいと願う身です。黄金四十鎰と白玉の珩(佩玉の飾り)六対は、公子に差し上げるなどとはおこがましいので、お付きの方々にお納めください」。 公子縶は秦に戻り、穆公に復命した。穆公は言った。「私は公子重耳に味方したい。重耳は仁の人だ。再拝して額を地につけなかったのは、跡継ぎになることを貪らないからだ。立ち上がって泣いたのは、父を愛しているからだ。退出してひそかに頼みごとをしなかったのは、利を貪らないからだ」。公子縶は言った。「殿のお言葉は誤っておられます。殿がもし晋の君を立てて晋国を安定させたいとお考えなら、仁の人を立てるのもよいでしょう。しかし殿がもし晋の君を立てて天下に威名を成したいとお考えなら、仁のない者を立ててその国内を乱し、しかも思いのままに替えられるようにしておくに越したことはありません。私はこう聞いています。『仁による立て方もあれば、武による立て方もある。仁によるなら徳ある者を立て、武によるなら服従する者を立てる』と」。こうして秦はまず公子夷吾を立てた。これが恵公である。

解説

公子縶が梁の夷吾を弔問し、秦が夷吾を晋君に立てると決めるまでを描く、前の場面の後半である。夷吾は重耳と正反対に、額を地につけて使者を迎え、泣きもせず、退出後にひそかに縶を訪ねて、里克と丕鄭への田地、秦への河外の五城、さらに黄金と白玉まで約束した。報告を受けた穆公は、振る舞いの細部から重耳を仁と見抜いたが、縶は、晋を安定させたいなら仁者を、天下に威名を成したいなら不仁の者を立てて晋を乱し、思いのままに替えられるようにせよと説いた。仁は徳ある者を、武は服従する者を立てるという言葉は冷徹である。こうして立った恵公はやがて約束をことごとく破り、秦と晋は韓原で戦うことになる。御しやすさで人を選ぶと、それが裏目に出る。

この章句が説くこと

国語晋語人選仁恵公

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