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国語 / 晋語二

人謂申生曰:「非子之罪,何不去乎?」申生曰:「不可。去而罪釋,必歸於君,是怨君也。章父之惡,取笑諸侯,吾誰鄉而入?內困於父母,外困於諸侯,是重困也。棄君去罪,是逃死也。吾聞之:『仁不怨君,智不重困,勇不逃死。』若罪不釋,去而必重。去而罪重,不智。逃死而怨君,不仁。有罪不死,無勇。去而厚怨,惡不可重,死不可避,吾將伏以俟命。」 驪姬見申生而哭之,曰:「有父忍之,況國人乎?忍父而求好人,人孰好之?殺父以求利人,人孰利之?皆民之所惡也,難以長生!」驪姬退,申生乃雉經于新城之廟。將死,乃使猛足言於狐突曰:「申生有罪,不聽伯氏,以至于死。申生不敢愛其死,雖然,吾君老矣,國家多難,伯氏不出,奈吾君何?伯氏苟出而圖吾君,申生受賜以至于死,雖死何悔!」是以諡為共君。 驪姬既殺太子申生,又譖二公子曰:「重耳、夷吾與知共君之事。」公令閹楚刺重耳,重耳逃于狄;令賈華刺夷吾,夷吾逃于梁。盡逐群公子,乃立奚齊焉。始為令,國無公族焉。

新字:人謂申生曰:「非子之罪,何不去乎?」申生曰:「不可。去而罪釈,必帰於君,是怨君也。章父之悪,取笑諸侯,吾誰郷而入?内困於父母,外困於諸侯,是重困也。棄君去罪,是逃死也。吾聞之:『仁不怨君,智不重困,勇不逃死。』若罪不釈,去而必重。去而罪重,不智。逃死而怨君,不仁。有罪不死,無勇。去而厚怨,悪不可重,死不可避,吾将伏以俟命。」 驪姫見申生而哭之,曰:「有父忍之,況国人乎?忍父而求好人,人孰好之?殺父以求利人,人孰利之?皆民之所悪也,難以長生!」驪姫退,申生乃雉経于新城之廟。将死,乃使猛足言於狐突曰:「申生有罪,不聴伯氏,以至于死。申生不敢愛其死,雖然,吾君老矣,国家多難,伯氏不出,奈吾君何?伯氏苟出而図吾君,申生受賜以至于死,雖死何悔!」是以諡為共君。 驪姫既殺太子申生,又譖二公子曰:「重耳、夷吾与知共君之事。」公令閹楚刺重耳,重耳逃于狄;令賈華刺夷吾,夷吾逃于梁。尽逐群公子,乃立奚斉焉。始為令,国無公族焉。

書き下し

人申生に謂いて曰く、「子の罪に非ず、何ぞ去らざる」と。申生曰く、「不可なり。去りて罪釈(と)けなば、必ず君に帰せん。是れ君を怨むなり。父の悪を章(あきら)かにして、笑いを諸侯に取らば、吾誰に郷(むか)いてか入らん。内は父母に困しみ、外は諸侯に困しむ、是れ困しみを重ぬるなり。君を棄てて罪を去るは、是れ死を逃るるなり。吾之を聞く、『仁は君を怨みず、智は困しみを重ねず、勇は死を逃れず』と。若し罪釈けずんば、去りて必ず重からん。去りて罪重きは、不智なり。死を逃れて君を怨むは、不仁なり。罪有りて死せざるは、無勇なり。去らば怨みを厚くす。悪は重ぬべからず、死は避くべからず。吾将に伏して以て命を俟(ま)たんとす」と。 驪姫申生に見えて之に哭して曰く、「父有るすら之に忍ぶ、況んや国人をや。父に忍びて人に好まれんことを求むとも、人孰か之を好まん。父を殺して以て人を利せんことを求むとも、人孰か之を利とせん。皆民の悪む所なり、以て長生し難し」と。驪姫退く。申生乃ち新城の廟に雉経(ちけい)す。将に死せんとし、乃ち猛足(もうそく)をして狐突に言わしめて曰く、「申生罪有り、伯氏(はくし)に聴かずして、以て死に至る。申生敢えて其の死を愛しまず。然りと雖も、吾が君老いたり、国家難多し。伯氏出でずんば、吾が君を奈何(いかん)せん。伯氏苟も出でて吾が君を図らば、申生賜を受けて以て死に至る、死すと雖も何ぞ悔いん」と。是を以て諡(おくりな)して共君(きょうくん)と為す。 驪姫既に太子申生を殺し、又二公子を譖(そし)りて曰く、「重耳(ちょうじ)・夷吾(いご)は共君の事に与(あずか)り知れり」と。公閹楚(えんそ)をして重耳を刺さしむ。重耳狄に逃る。賈華(かか)をして夷吾を刺さしむ。夷吾梁に逃る。尽く群公子を逐い、乃ち奚斉を立つ。始めて令を為し、国に公族無し。

現代語訳

ある人が申生に言った。「あなたの罪ではないのに、なぜ国を去らないのですか」。申生は言った。「それはできない。私が去って罪が晴れれば、その罪は必ず父君に帰することになる。それは君を怨むことだ。父の悪をあらわにして諸侯の笑いものにしたら、私はどの国を頼って入れようか。内では父母に苦しめられ、外では諸侯に苦しめられる、それは苦しみを重ねることだ。君を捨てて罪から逃れるのは、死から逃げることだ。私はこう聞いている。『仁者は君を怨まず、智者は苦しみを重ねず、勇者は死から逃げない』と。もし罪が晴れなければ、去れば罪はいっそう重くなる。去って罪を重くするのは智ではない。死から逃げて君を怨むのは仁ではない。罪を負いながら死なないのは勇がないということだ。去れば怨みを深めるばかりだ。悪を重ねてはならず、死は避けてはならない。私は身をひそめて、君命を待つことにする」。 驪姫は申生のもとに来て、泣いて言った。「実の父にさえこんな仕打ちができるのなら、まして国の人々に対してはどうでしょう。父にむごいことをしながら人に好かれたいと願っても、誰が好きになりましょう。父を殺して人に利益を与えようとしても、誰がそれを利益と思うでしょう。どれも民の憎むことです。あなたが長く生きながらえるのは難しいでしょう」。驪姫が去ると、申生は新城の祖廟で首をくくった。死ぬ前に、家臣の猛足を遣わして狐突にこう伝えさせた。「私には罪がありました。伯氏(狐突の字)の言葉を聞かず、こうして死ぬことになりました。死を惜しみはしません。しかし、わが君は年老い、国には難事が多い。伯氏が出仕しなければ、わが君はどうなりましょう。伯氏がもし出仕して、わが君のために計ってくださるなら、私はそのご恩を受けて死んでいけます。死んでも何の悔いがありましょう」。それゆえ申生は共君と諡された。 驪姫は太子申生を死なせると、さらに二人の公子を讒言して言った。「重耳と夷吾も、共君の企てに関わっておりました」。献公は宦官の楚に重耳を刺させようとし、重耳は狄に逃れた。賈華(晋の大夫)に夷吾を刺させようとし、夷吾は梁(秦に近い小国)に逃れた。献公は公子たちをことごとく追い払い、奚斉を太子に立てた。このときから公子を国内に置かないことが定めとなり、晋には公族がいなくなった。

解説

驪姫の陰謀の結末で、濡れ衣を着せられた申生が、国外へ逃げよという勧めを退けて自ら命を絶つ場面である。申生の論理は明快で、逃げれば罪は父に帰し、父の悪を天下にさらすことになる。仁は君を怨まず、智は苦しみを重ねず、勇は死から逃げないという三つの徳目に照らして、去ることはどれにも背くと結論する。死の間際にも、狐突の忠告を聞かなかったことを詫び、老いた父のために出仕を頼んだ。その後驪姫は重耳と夷吾も讒言し、二人は国外へ逃れた。『春秋左氏伝』宣公二年も、驪姫の乱以来、群公子を国内に置かないと誓い、晋に公族がなくなったと伝える。申生の死は美しいが、父の誤りを正す機会も同時に消えた。筋を通すことと、事態を正すことは別だという問いを、この場面は残している。

この章句が説くこと

国語晋語孝仁申生

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