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国語 / 晋語一

士蒍出語人曰:「太子不得立矣。改其制而不患其難,輕其任而不憂其危,君有異心,又焉得立?行之克也,將以害之;若其不克,其因以罪之。雖克與否,無以避罪。與其勤而不入,不如逃之。君得其欲,太子遠死,且有令名,為吳太伯,不亦可乎?」太子聞之,曰:「子輿之為我謀,忠矣。然吾聞之:為人子者,患不從,不患無名;為人臣者,患不勤,不患無祿。今我不才而得勤與從,又何求焉?焉能及吳太伯乎?」太子遂行,克霍而反,讒言彌興。

新字:士蒍出語人曰:「太子不得立矣。改其制而不患其難,軽其任而不憂其危,君有異心,又焉得立?行之克也,将以害之;若其不克,其因以罪之。雖克与否,無以避罪。与其勤而不入,不如逃之。君得其欲,太子遠死,且有令名,為呉太伯,不亦可乎?」太子聞之,曰:「子輿之為我謀,忠矣。然吾聞之:為人子者,患不従,不患無名;為人臣者,患不勤,不患無禄。今我不才而得勤与従,又何求焉?焉能及呉太伯乎?」太子遂行,克霍而反,讒言弥興。

書き下し

士蒍出でて人に語りて曰く、「太子立つを得ざらん。其の制を改めて其の難を患えず、其の任を軽くして其の危うきを憂えず。君異心有り、又焉んぞ立つを得ん。之を行いて克たば、将に以て之を害せんとす。若し其れ克たずんば、其れ因りて以て之を罪せん。克つと否とに雖も、以て罪を避くる無し。其の勤めて入れられざらんよりは、之を逃るるに如かず。君其の欲を得、太子死を遠ざけ、且つ令名有り、呉の太伯為らん、亦可ならずや」と。太子之を聞きて曰く、「子輿(しよ)の我が為に謀るや、忠なり。然れども吾之を聞く、人の子為る者は、従わざるを患えて、名無きを患えず。人の臣為る者は、勤めざるを患えて、禄無きを患えず。今我不才にして勤と従とを得たり。又何をか求めん。焉んぞ能く呉の太伯に及ばんや」と。太子遂に行き、霍に克ちて反る。讒言彌々(いよいよ)興る。

現代語訳

士蒍は退出して人に語った。「太子は位に立つことができまい。主君は制度を改めながらその難しさを気にかけず、太子の任を軽くしながらその危うさを心配しない。主君には別の考えがあるのだ。どうして太子が立てようか。この出陣で勝てば、それを口実に太子を害するだろう。もし勝てなければ、それを理由に罪を着せるだろう。勝っても負けても、罪を避けるすべはない。務めに励んでも受け入れられないくらいなら、国を逃れたほうがよい。そうすれば主君は望みどおり(奚斉を立てること)になり、太子は死を遠ざけることができ、そのうえ良い名も残る。呉の太伯(周の古公亶父の長子で、弟に位を譲って呉に去った人)のようになるのも、悪くないではないか。」太子はこれを聞いて言った。「子輿(士蒍の字)が私のために考えてくれたことは、まことに忠実である。しかし私はこう聞いている。人の子たる者は、親に従わないことを憂えて、名が残らないことは憂えない。人の臣たる者は、務めを尽くさないことを憂えて、禄がないことは憂えない。いま私は才能もないのに、務めに励み親に従う機会を得た。これ以上何を求めよう。どうして呉の太伯になど及ぶことができようか。」太子はそのまま出陣し、霍に勝って帰った。すると讒言はますます盛んになった。

解説

前の段で献公を諫めた士蒍が、退出して太子申生の行く末を予言し、亡命を勧めた場面で、同じ章の後半にあたる。士蒍は、勝てばそれを口実に害され、負ければそれを理由に罪せられるから、どちらでも罪は避けられないと見て、呉の太伯のように国を去れと言う。韋昭の注は、太伯が弟の季歴に位を譲って遠く呉に去り、のちに武王が呉伯に追封したことを説き、「子輿」を士蒍の字とする。『春秋左氏伝』閔公元年にも、士蒍が「逃るるに如かず、罪をして至らしむる無かれ。呉の大伯と為る、亦可ならずや」と言った記事がある。これに対する申生の答えは、子は従わないことを憂えて名を憂えず、臣は勤めないことを憂えて禄を憂えないというもので、出陣して勝った。しかし結果は士蒍の読みどおり、讒言はかえって強まった。誠実に務めることと、身を守ることが両立しない局面がある。その見きわめを誤らないことは、今の働き手にとっても切実な課題である。

この章句が説くこと

国語晋語申生孝去就

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