国語 / 晋語一
武公伐翼,殺哀侯,止欒共子曰:「苟無死,吾以子見天子,令子為上卿,制晉國之政。」辭曰:「成聞之:『民生於三,事之如一。』父生之,師教之,君食之。非父不生,非食不長,非教不知生之族也,故壹事之。唯其所在,則致死焉。報生以死,報賜以力,人之道也。臣敢以私利廢人之道,君何以訓矣?且君知成之從也,未知其待於曲沃也。從君而貳,君焉用之?」遂鬥而死。
新字:武公伐翼,殺哀侯,止欒共子曰:「苟無死,吾以子見天子,令子為上卿,制晋国之政。」辞曰:「成聞之:『民生於三,事之如一。』父生之,師教之,君食之。非父不生,非食不長,非教不知生之族也,故壱事之。唯其所在,則致死焉。報生以死,報賜以力,人之道也。臣敢以私利廃人之道,君何以訓矣?且君知成之従也,未知其待於曲沃也。従君而貳,君焉用之?」遂鬥而死。
書き下し
武公翼(よく)を伐ち、哀侯を殺し、欒共子(らんきょうし)を止めて曰く、「苟(いやし)くも死する無くんば、吾子(し)を以て天子に見えしめ、子をして上卿と為し、晋国の政を制せしめん」と。辞して曰く、「成(せい)之を聞く、『民は三に生ず、之に事うること一の如くす』と。父之を生み、師之に教え、君之を食(やしな)う。父に非ざれば生まれず、食に非ざれば長ぜず、教えに非ざれば生の族を知らざるなり。故に壱(いつ)に之に事う。唯だ其の在る所には、則ち死を致す。生に報ゆるに死を以てし、賜に報ゆるに力を以てするは、人の道なり。臣敢えて私利を以て人の道を廃せば、君何を以て訓えん。且つ君は成の従うを知りて、未だ其の曲沃(きょくよく)に待つを知らざるなり。君に従いて貳(に)あらば、君焉(いずく)んぞ之を用いん」と。遂に闘いて死す。
現代語訳
曲沃の武公が晋の都翼を攻め、晋の哀侯を殺した。武公は欒共子(哀侯の大夫、名は成)を引き止めて言った。「もしお前が死なずにいてくれるなら、私はお前を天子に引き合わせ、上卿に任じて晋の国政を任せよう。」欒共子は辞退して言った。「私はこう聞いております。『人は三つのものによって生きる。その三つに仕えることは一つのように変わらない』と。父が生み、師が教え、君が養ってくれるのです。父がいなければ生まれず、養ってもらわなければ育たず、教えがなければ人として生きる道理を知ることがありません。だから三つに対してひとしく仕えるのです。そのどれであれ、仕える相手のいるところでは命を捧げます。生んでもらった恩には死をもって報い、恵みを受けた恩には力を尽くして報いる、それが人の道です。私があえて自分の利益のために人の道を捨てれば、あなたは何をもって人々を教え導くのでしょうか。それに、あなたは私があなたに従うことはご存じでも、私が曲沃であなたを待つ(主君を裏切って敵方につく)ことの意味まではおわかりでありません。主君に仕えながら二心を抱く者を、あなたはどうして用いることができましょう。」こうして欒共子は戦って死んだ。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』魯問魯君の嬖人、死す。魯君、之が為に誄す。魯人、因りて説びて之を用う。子墨子、之を聞きて曰く、「誄なる者は、死人の志を道うなり。今、説びて之を用うるに因るは、是れ猶お來首を以て服に從うがごときなり」と。魯陽文君、子墨子に謂いて曰く、「我に忠臣を語る者有り。之に俯せしむれば則ち俯し、之に仰がしむれば則ち仰ぎ、處らしむれば則ち静かに、呼べば則ち應ず。忠臣と謂う可きか」と。子墨子曰く、「之に俯せしむれば則ち俯し、之に仰がしむれば則ち仰ぐは、是れ景に似たり。處らしむれば則ち静かに、呼べば則ち應ずるは、是れ響に似たり。君、将た何をか景と響とに得んや。翟の所謂る忠臣なる者を以てせば、上に過ち有れば則ち之を微にして以て諌め、己に善有れば則ち之を上に訪ねて、敢えて以て外に告ぐる無く、其の邪を匡して其の善に入り、尚びて下に比する無く、美善を上に在らしめて怨讐を下に在らしめ、安樂を上に在らしめて憂慼を臣に在らしむ。此れ翟の忠臣と謂う者なり」と。
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『武士道』第九章 忠節・支那は孝を本とし日本は忠を本とす此れと等しく、日本人の懐抱する如き忠節は、国を異にして之を頌するものの、ほとんど稀なるを見ん。然れども此れ、吾人の観念の非なるが故にあらずして、却つて彼れにありては既に之を忘却せるが故にして、又た日本人の忠節の念に深厚なるは、他国の未だ容易に企及する能はざるものあるが為なるなからんか。グリフィス氏が、支那に在りては孔教は孝を以て百行の基と為し、日本に在りては忠を以て本と為す、と説けるは真に然り。予は今ここに、読者の或は吃驚酸鼻すべきを顧みず、シェイクスピアの所謂『落魄の主君に仕へて艱苦をつぶさにし』、以て『稗史に名を得たる』忠臣の物語を叙せん。其物語は、我国史を飾れる清廉高義の人格、菅原道真を寓せるものなり。
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葉隠・聞書第一主君さえ大切に仕り候えば、親も悦び、仏神も納受(のうじゅ)あるべしと存じ候。此方(こなた)は主を思うより外のこと知らず、志(こころざし)つのり候えば、不断(ふだん)御身辺(ごしんぺん)に気を附け、片時も離れ申さず候。又、女は第一に夫を主君の如く存ずべき事である。
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『韓非子』初見秦第一然り而して兵甲頓れ、士民病み、蓄積索き、田疇荒れ、囷倉虚しく、四隣の諸侯服せず、霸王の名成らず。此れ異なる故無し、其の謀臣皆な其の忠を尽くさざればなり。
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葉隠・聞書第一忠臣は孝子の門に尋ねよとあり。随分(ずいぶん)心を尽くして孝行すべき事なり。奉公に精を出す人は自然にはあれども、孝行に精出す人は稀なり。よき者には他人も懇(ねんご)ろに、亡き後にて残り多く、孝行に精出す人は稀なり。無理なる人、無理なる親にてなくば知れまじきなり。
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『武士道』第九章 忠節・忠と孝の衝突平家物語の作者は、小松内府の父清盛の暴虐を憂ふるの条に至り、惻然として、『悲しきかな、君の御為に奉公の忠を致さんとすれば、迷盧八万の巓よりもなほ高き父の恩、たちまちに忘れんとす。いたましきかな、不孝の罪を遁れんとすれば、君の御為には既に不忠の逆臣ともなりぬべし、進退これ谷れり』と歎ぜり。哀れむべし重盛、彼れ後、霊性の誠を披いて死を天に祈り、純潔正義の宿するに難き此塵世を出離せんことを願ふを見るに非らずや。義理と人情との衝突によりて心破れたるもの、古来其人多し、あに独り重盛のみならんや。シェイクスピアも将た旧約全書も、孝を説いて未だ明かなるものあるを見ず。然るに一旦此の衝突の起るや、武士道は孝を捨てて寧ろ忠を取るに遅疑せず。しかのみならず、女子も亦た敢て其子を励まして君主の為に死せしむ。
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