国語 / 魯語上
「加之以社稷山川之神,皆有功烈於民者也;及前哲令德之人,所以為明質也;及天之三辰,民所以瞻仰也;及地之五行,所以生殖也;及九州名山川澤,所以出財用也。非是不在祀典。 「今海鳥至,己不知而祀之,以為國典,難以為仁且智矣。夫仁者講功,而智者處物。無功而祀之,非仁也;不知而不能問,非智也。今茲海其有災乎?夫廣川之鳥獸,恆知避其災也。」 是歲也,海多大風,冬煖。文仲聞柳下季之言,曰:「信吾過也,季子之言不可不法也。」使書以為三筴。
新字:「加之以社稷山川之神,皆有功烈於民者也;及前哲令徳之人,所以為明質也;及天之三辰,民所以瞻仰也;及地之五行,所以生殖也;及九州名山川沢,所以出財用也。非是不在祀典。 「今海鳥至,己不知而祀之,以為国典,難以為仁且智矣。夫仁者講功,而智者処物。無功而祀之,非仁也;不知而不能問,非智也。今茲海其有災乎?夫広川之鳥獣,恒知避其災也。」 是歳也,海多大風,冬煖。文仲聞柳下季之言,曰:「信吾過也,季子之言不可不法也。」使書以為三筴。
書き下し
「之に加うるに社稷山川の神を以てす、皆功烈を民に有する者なり。及び前哲令徳の人、明質と為す所以なり。及び天の三辰、民の瞻仰する所以なり。及び地の五行、生殖する所以なり。及び九州の名山川沢、財用を出だす所以なり。是に非ざれば祀典に在らず。 「今海鳥至り、己知らずして之を祀り、以て国典と為す。以て仁且つ智と為し難し。夫れ仁者は功を講じ、而して智者は物を処(な)す。功無くして之を祀るは、仁に非ざるなり。知らずして問う能わざるは、智に非ざるなり。今茲(ことし)海其れ災い有らんか。夫れ広川の鳥獣は、恒に其の災いを避くるを知るなり」と。 是の歳や、海に大風多く、冬煖かなり。文仲柳下季の言を聞きて曰く、「信(まこと)に吾が過ちなり。季子の言は法とせざるべからざるなり」と。書して以て三筴(さく)と為さしむ。
現代語訳
(展禽は続けた。)「これに加えて、社稷や山川の神を祀るのは、どれも民に功績のあったものだからだ。また先の賢人やよき徳のある人を祀るのは、民に信を立てる手本とするためだ。また天の日・月・星の三辰を祀るのは、民が仰ぎ見るものだからだ。また地の五行を祀るのは、それによって物が生まれ育つからだ。また九州の名高い山・川・沢を祀るのは、そこから財や用具が出るからだ。これらでなければ祭祀の典礼には入れない。 「いま海鳥がやって来ると、自分でも何かわからないまま祀り、それを国の典礼にしてしまった。これでは仁であり智であるとは言いがたい。そもそも仁者は功績を論じて祀り、智者は物事を見きわめて名づける。功績のないものを祀るのは仁ではない。わからないのに人に問うこともできないのは智ではない。今年は海に災いがあるのではないか。広い川や海の鳥獣は、いつもその災いを避けることを知っているものだ。」 この年、海には大風が多く、冬は暖かかった。臧文仲は柳下季(展禽)の言葉を聞いて言った。「まことに私の過ちだった。季子の言葉は手本としなければならない。」そしてその言葉を書き写させ、三通の簡書として(三卿に)備えさせた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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礼記・表記子曰く、徳を以て怨に報ゆれば、則ち寛身の仁なり。怨を以て徳に報ゆれば、則ち刑戮の民なり。 子曰く、欲無くして仁を好む者、畏れ無くして不仁を悪む者は、天下一人のみ。是の故に君子は道を議するに己よりし、而して法を置くに民を以てす。 子曰く、仁に三有り、仁と功を同じくして情を異にす。仁と功を同じくするは、其の仁未だ知るべからざるなり。仁と過ちを同じくして、然る後に其の仁知るべきなり。仁者は仁に安んじ、知者は仁を利とし、罪を畏るる者は仁を強(し)う。仁は右なり、道は左なり。仁は人なり、道は義なり。仁に厚き者は義に薄く、親しみて尊ばれず。義に厚き者は仁に薄く、尊ばれて親しまれず。道に至有り、義に考有り。至道以て王たり、義道以て霸たり、考道以て失無しと為す。
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論語・子張篇子貢曰く、君子の過ちや、日月の食の如し。過つや、人皆之を見る。更むるや、人皆之を仰ぐ。
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『呻吟語』内篇・修身・一たび認むれば兩過都て無し過ち有るは是れ一過なり、過ちを認むるを肯んぜざるは又た是れ一過なり。一たび認むれば則ち兩過都て無く、一たび認めざれば則ち兩過免れず。彼の強辯して以て非を飾る者は、果たして何為るぞや。
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尉繚子・兵教下太上は過ち無く、其の次は過ちを補う。
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論語・述而篇陳の司敗問う、「昭公は礼を知れるか。」孔子対えて曰く、「礼を知れり。」孔子退く。巫馬期に揖して之を進めて曰く、「吾聞く、君子は党せずと。君子も亦た党するか。君、呉に取りて同姓と為す。之を呉孟子と謂う。君にして礼を知らば、孰か礼を知らざらん。」巫馬期以て告ぐ。子曰く、「丘や幸いなり。苟くも過ち有れば、人必ず之を知る。」
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『呻吟語』内篇・修身・怨む者の指摘を得、愛する者の掩護する能はず平生の為す所、怨む我が者をして以て指摘するを得しめ、愛する我が者をして掩護する能はざらしむ。此れ身を省みるの大懼なり。士君子之を慎め。故に我に過ち無くして謗語滔天たるも諒とするに足らず、談笑して之を受く可し。我に過ち有りて幸ひに聞くに及ばずんば、當に寢ぬるに席に貼かず、食らふに咽を下らざるべし。
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