国語 / 周語下
王弗聽,問之伶州鳩。對曰:「臣之守官弗及也。臣聞之,琴瑟尚宮,鍾尚羽,石尚角,匏竹利制,大不踰宮,細不過羽。夫宮,音之主也。第以及羽,聖人保樂而愛財,財以備器,樂以殖財。故樂器重者從細,輕者從大。是以金尚羽,石尚角,瓦絲尚宮,匏竹尚議,革木一聲。 「夫政象樂,樂從和,和從平。聲以和樂,律以平聲。金石以動之,絲竹以行之,詩以道之,歌以詠之,匏以宣之,瓦以贊之,革木以節之。物得其常曰樂極,極之所集曰聲,聲應相保曰和,細大不踰曰平。如是,而鑄之金,磨之石,繫之絲木,越之匏竹,節之鼓而行之,以遂八風。於是乎氣無滯陰,亦無散陽,陰陽序次,風雨時至,嘉生繁祉,人民龢利,物備而樂成,上下不罷,故曰樂正。今細過其主妨於正,用物過度妨於財,正害財匱妨於樂。細抑大陵,不容於耳,非和也。聽聲越遠,非平也。妨正匱財,聲不和平,非宗官之所司也。 「夫有和平之聲,則有蕃殖之財。於是乎道之以中德,詠之以中音,德音不愆,以合神人,神是以寧,民是以聽。若夫匱財用,罷民力,以逞淫心,聽之不和,比之不度,無益於敎,而離民怒神,非臣之所聞也。」 王不聽,卒鑄大鍾。二十四年,鍾成,伶人告和。王謂伶州鳩曰:「鍾果和矣。」對曰:「未可知也。」王曰:「何故?」對曰:「上作器,民備樂之,則為和。今財亡民罷,莫不怨恨,臣不知其和也。且民所曹好,鮮其不濟也。其所曹惡,鮮其不廢也。故諺曰:『眾心成城,眾口鑠金。』三年之中,而害金再興焉,懼一之廢也。」王曰:「爾老耄矣!何知?」二十五年,王崩,鍾不和。
新字:王弗聴,問之伶州鳩。対曰:「臣之守官弗及也。臣聞之,琴瑟尚宮,鍾尚羽,石尚角,匏竹利制,大不踰宮,細不過羽。夫宮,音之主也。第以及羽,聖人保楽而愛財,財以備器,楽以殖財。故楽器重者従細,軽者従大。是以金尚羽,石尚角,瓦糸尚宮,匏竹尚議,革木一声。 「夫政象楽,楽従和,和従平。声以和楽,律以平声。金石以動之,糸竹以行之,詩以道之,歌以詠之,匏以宣之,瓦以賛之,革木以節之。物得其常曰楽極,極之所集曰声,声応相保曰和,細大不踰曰平。如是,而鋳之金,磨之石,繋之糸木,越之匏竹,節之鼓而行之,以遂八風。於是乎気無滞陰,亦無散陽,陰陽序次,風雨時至,嘉生繁祉,人民龢利,物備而楽成,上下不罷,故曰楽正。今細過其主妨於正,用物過度妨於財,正害財匱妨於楽。細抑大陵,不容於耳,非和也。聴声越遠,非平也。妨正匱財,声不和平,非宗官之所司也。 「夫有和平之声,則有蕃殖之財。於是乎道之以中徳,詠之以中音,徳音不愆,以合神人,神是以寧,民是以聴。若夫匱財用,罷民力,以逞淫心,聴之不和,比之不度,無益於教,而離民怒神,非臣之所聞也。」 王不聴,卒鋳大鍾。二十四年,鍾成,伶人告和。王謂伶州鳩曰:「鍾果和矣。」対曰:「未可知也。」王曰:「何故?」対曰:「上作器,民備楽之,則為和。今財亡民罷,莫不怨恨,臣不知其和也。且民所曹好,鮮其不済也。其所曹悪,鮮其不廃也。故諺曰:『衆心成城,衆口鑠金。』三年之中,而害金再興焉,懼一之廃也。」王曰:「爾老耄矣!何知?」二十五年,王崩,鍾不和。
書き下し
王聴かず、之を伶州鳩(れいしゅうきゅう)に問う。対えて曰く、「臣の守官は及ばざるなり。臣之を聞く、琴瑟は宮を尚び、鍾は羽を尚び、石は角を尚び、匏竹(ほうちく)は制を利とす。大は宮を踰えず、細は羽を過ぎず。夫れ宮は音の主なり。第して以て羽に及ぶ。聖人は楽を保ちて財を愛し、財は以て器を備え、楽は以て財を殖やす。故に楽器の重き者は細に従い、軽き者は大に従う。是を以て金は羽を尚び、石は角を尚び、瓦絲は宮を尚び、匏竹は議を尚び、革木は一声なり。 「夫れ政は楽に象(かたど)り、楽は和に従い、和は平に従う。声は以て楽を和し、律は以て声を平らかにす。金石以て之を動かし、絲竹以て之を行い、詩以て之を道い、歌以て之を詠じ、匏以て之を宣べ、瓦以て之を賛(たす)け、革木以て之を節す。物其の常を得るを楽極と曰い、極の集まる所を声と曰い、声応じて相保つを和と曰い、細大踰えざるを平と曰う。是くの如くにして、之を金に鋳、之を石に磨き、之を絲木に繋け、之を匏竹に越(うが)ち、之を鼓に節して之を行い、以て八風を遂ぐ。是に於いてか気に滞陰無く、亦散陽無く、陰陽序次し、風雨時に至り、嘉生繁祉し、人民龢利し、物備わりて楽成り、上下罷(つか)れず。故に楽正と曰う。今細其の主を過ぎて正を妨げ、物を用いること度を過ぎて財を妨げ、正害われ財匱しくして楽を妨ぐ。細抑えられ大陵ぎ、耳に容れられず、和に非ざるなり。声を聴くこと越遠なり、平に非ざるなり。正を妨げ財を匱しくし、声和平ならず、宗官の司る所に非ざるなり。 「夫れ和平の声有れば、則ち蕃殖の財有り。是に於いてか之を道くに中徳を以てし、之を詠ずるに中音を以てす。徳音愆(あやま)たず、以て神人を合す。神是を以て寧く、民是を以て聴く。若し夫れ財用を匱しくし、民力を罷らし、以て淫心を逞しくし、之を聴けども和せず、之を比ぶれども度あらず、教えに益無くして、民を離し神を怒らすは、臣の聞く所に非ざるなり」と。 王聴かず、卒に大鍾を鋳る。二十四年、鍾成り、伶人和を告ぐ。王伶州鳩に謂いて曰く、「鍾果たして和せり」と。対えて曰く、「未だ知るべからざるなり」と。王曰く、「何の故ぞ」と。対えて曰く、「上器を作り、民備(つぶさ)に之を楽しむ、則ち和と為す。今財亡び民罷れ、怨恨せざるは莫し。臣其の和を知らざるなり。且つ民の曹(とも)に好む所は、其の済らざること鮮し。其の曹に悪む所は、其の廃れざること鮮し。故に諺に曰く、『衆心城を成し、衆口金を鑠(と)かす』と。三年の中にして、害金再び興る。懼らくは一の廃れんことを」と。王曰く、「爾老耄せり。何をか知らん」と。二十五年、王崩じ、鍾和せず。
現代語訳
王は聞き入れず、楽官の伶州鳩(伶は楽官の職、州鳩は名)に意見を求めた。伶州鳩は答えた。「私の職分では、そこまでは存じ上げません。ただ、私はこう聞いております。琴や瑟は宮(五音の最も低く大きい音)を尊び、鐘は羽(五音の最も高く細い音)を尊び、石の磬は角(清濁の中ほどの音)を尊び、笙や笛は調子の通りのよさを定めとします。大きな音は宮を越えず、細い音は羽を越えない。宮は音の主であり、そこから順に羽に及ぶのです。聖人は音楽を保って財を大切にしました。財によって楽器をそろえ、音楽によって財を増やしたのです。だから楽器のうち重いものは細い音に従わせ、軽いものは大きな音に従わせました。こうして金(鐘)は羽を尊び、石(磬)は角を尊び、瓦(土笛)と絲(弦)は宮を尊び、匏竹(笙・笛)は調子のよさを尊び、革(太鼓)と木(柷敔)は一つの音で清濁の変化がありません。 「そもそも政治は音楽にかたどり、音楽は和に従い、和は平に従います。音によって音楽を和し、音律によって音を平らかにします。金石で音楽を動かし、糸竹で進め、詩で言い表し、歌で詠じ、笙で広め、土笛で助け、太鼓と柷敔で節目をつけます。物がその常を得ることを楽の極みといい、極みの集まるところを声といい、声が応じ合って互いに保つことを和といい、細い音と大きい音が互いの分を越えないことを平といいます。このようにして金属に鋳込み、石を磨き、糸を木に張り、笙や竹に穴をあけ、太鼓で節目をつけて奏で、八方の風をすなおに通わせます。こうして気には滞る陰がなく、散る陽もなく、陰陽は順序正しく、風雨は時節どおりに訪れ、よい作物が実って福が満ち、民は和らいで利を得、物がそろって音楽が成り、上も下も疲れることがありません。だから楽正(音楽の正しさ)というのです。ところがいま、細い音がその主を越えて正しさを損ない、物の使い方が度を越して財を損ない、正しさが損なわれ財が乏しくなって音楽を損ないます。細い音は押さえつけられ、大きな音がのしかかって、耳に受け入れられません。これは和ではありません。音が遠く散ってしまうのは、平ではありません。正しさを損ない、財を乏しくし、音が和でも平でもないのは、楽を司る官の扱うものではありません。 「和と平の音があれば、財が増え育ちます。そこで中正の徳で導き、中和の音で詠じます。徳と音とにあやまりがなく、それで神と人とを和合させます。神はそれで安らぎ、民はそれで従います。もし財を乏しくし、民の力を疲れさせ、みだらな心をほしいままにして、聴いても和せず、比べても基準に合わず、教化に益がなく、民を離反させ神を怒らせるようなことは、私の聞き知るところではありません。」 王は聞き入れず、ついに大鐘を鋳造した。二十四年、鐘が完成し、楽人たちは音が調和していると報告した。王は伶州鳩に「鐘はやはり調和しているではないか」と言った。伶州鳩は「まだわかりません」と答えた。王が「なぜだ」と問うと、伶州鳩は答えた。「上の者が器を作り、民がこぞってそれを楽しむのを、和というのです。いま財は失われ民は疲れ、怨まない者はありません。それが和であるとは、私には思えません。それに民がこぞって好むものは、成就しないことはまれであり、こぞって憎むものは、廃れないことはまれです。だからことわざに『多くの人の心が一つになれば城となり、多くの人の口は金をも溶かす』というのです。三年のうちに、民を害する金物が二度も作られました。そのうち一つは廃れるのではないかと恐れます。」王は「お前は老いぼれた。何がわかるものか」と言った。二十五年、王は崩じ、鐘の音も調和しなかった。
解説
この章句が説くこと
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