国語 / 周語上
王曰:「今是何神也?」對曰:「昔昭王娶於房,曰房后,實有爽德,協於丹朱,丹朱憑身以儀之,生穆王焉。是實臨照周之子孫而禍福之。夫神壹不遠徙遷,若由是觀之,其丹朱之神乎?」王曰:「其誰受之?」對曰:「在虢土。」王曰:「然則何為?」對曰:「臣聞之:道而得神,是謂逢福;淫而得神,是謂貪禍。今虢少荒,其亡乎?」王曰:「吾其若之何?」對曰:「使太宰以祝、史帥狸姓,奉犧牲、粢盛、玉帛往獻焉,無有祈也。」 王曰:「虢其幾何?」對曰:「昔堯臨民以五,今其冑見,神之見也,不過其物。若由是觀之,不過五年。」王使太宰忌父帥傅氏及祝、史奉犧牲、玉鬯往獻焉。內史過從至虢,虢公亦使祝、史請土焉。內史過歸,以告王曰:「虢必亡矣,不禋於神而求福焉,神必禍之;不親於民而求用焉,人必違之。精意以享,禋也;慈保庶民,親也。今虢公動匱百姓以逞其違,離民怒神而求利焉,不亦難乎!」十九年,晉取虢。
新字:王曰:「今是何神也?」対曰:「昔昭王娶於房,曰房后,実有爽徳,協於丹朱,丹朱憑身以儀之,生穆王焉。是実臨照周之子孫而禍福之。夫神壱不遠徙遷,若由是観之,其丹朱之神乎?」王曰:「其誰受之?」対曰:「在虢土。」王曰:「然則何為?」対曰:「臣聞之:道而得神,是謂逢福;淫而得神,是謂貪禍。今虢少荒,其亡乎?」王曰:「吾其若之何?」対曰:「使太宰以祝、史帥狸姓,奉犠牲、粢盛、玉帛往献焉,無有祈也。」 王曰:「虢其幾何?」対曰:「昔堯臨民以五,今其冑見,神之見也,不過其物。若由是観之,不過五年。」王使太宰忌父帥傅氏及祝、史奉犠牲、玉鬯往献焉。内史過従至虢,虢公亦使祝、史請土焉。内史過帰,以告王曰:「虢必亡矣,不禋於神而求福焉,神必禍之;不親於民而求用焉,人必違之。精意以享,禋也;慈保庶民,親也。今虢公動匱百姓以逞其違,離民怒神而求利焉,不亦難乎!」十九年,晋取虢。
書き下し
王曰く、「今是れ何の神ぞや」と。対えて曰く、「昔昭王房に娶る、房后と曰う。実に爽徳(そうとく)有りて、丹朱(たんしゅ)に協(かな)う。丹朱身に憑(よ)りて以て之に儀(たぐ)い、穆王を生む。是れ実に周の子孫に臨照して之に禍福す。夫れ神は壱にして遠く徙遷(しせん)せず。若し是に由りて之を観れば、其れ丹朱の神か」と。王曰く、「其れ誰か之を受けん」と。対えて曰く、「虢の土に在り」と。王曰く、「然らば則ち何為(なんす)れぞ」と。対えて曰く、「臣之を聞く、道ありて神を得る、是を福に逢うと謂う。淫にして神を得る、是を禍を貪ると謂う。今虢少しく荒む、其れ亡びんか」と。王曰く、「吾其れ之を若何せん」と。対えて曰く、「太宰をして祝・史を以て狸姓(りせい)を帥い、犠牲・粢盛・玉帛を奉じて往きて献ぜしめよ。祈ること有る無かれ」と。 王曰く、「虢其れ幾何(いくばく)ぞ」と。対えて曰く、「昔堯民に臨むに五を以てす。今其の冑(ちゅう)見る。神の見(あら)わるるや、其の物を過ぎず。若し是に由りて之を観れば、五年を過ぎず」と。王太宰忌父(きほ)をして傅氏及び祝・史を帥い、犠牲・玉鬯(ぎょくちょう)を奉じて往きて献ぜしむ。内史過従いて虢に至る。虢公も亦祝・史をして土を請わしむ。内史過帰り、以て王に告げて曰く、「虢必ず亡びん。神に禋(いん)せずして福を求む、神必ず之に禍せん。民に親しまずして用を求む、人必ず之に違(そむ)かん。精意以て享(すす)むる、禋なり。慈しみて庶民を保んずる、親なり。今虢公百姓を動匱(どうき)して以て其の違を逞しくし、民を離し神を怒らせて利を求む、亦難からずや」と。十九年、晋虢を取る。
現代語訳
王は言った。「では、今度降ったのは何の神なのか」。内史過は答えた。「昔、昭王は房の国から后を娶り、房后と呼ばれました。房后にはまことに徳に欠けるところがあり、丹朱(堯の不肖の子)の行いに似ていました。丹朱の霊がその身に憑いて連れ添い、穆王が生まれたのです。この神はまさしく周の子孫を見守り、禍福を与える神です。そもそも神は一つ所に心を寄せて、遠くへは移らないものです。このことから考えれば、丹朱の神でありましょう」。王が「それを受けるのは誰か」と問うと、「虢の地にあります」と答えた。王が「それではどうなるのか」と問うと、答えた。「わたしはこう聞いています。道にかなって神を得れば、それは福に逢うことであり、淫らであって神を得れば、それは禍をむさぼることだと。いま虢はいささか政が荒れています。滅びるのではないでしょうか」。王が「わたしはどうすればよいか」と問うと、答えた。「太宰に命じ、太祝と太史を連れ、丹朱の子孫である狸姓の者を率いて、犠牲・穀物・玉と絹を捧げて献じに行かせてください。何も祈り求めてはなりません」。 王は問うた。「虢はあとどれほどもつのか」。内史過は答えた。「昔、堯は五年に一度巡行して民に臨みました。いまその子孫の神が現れたのです。神が現れるときは、その数を越えません。このことから考えれば、五年を過ぎないでしょう」。王は太宰の忌父(周公忌父)に命じて、傅氏(周に仕える狸姓の家)と祝・史を率い、犠牲と鬯酒の玉器を捧げて献じに行かせた。内史過も随行して虢に至った。ところが虢公もまた自国の祝と史をやって、神に土地を授けてくれるよう願わせた。内史過は帰ると王に告げた。「虢は必ず滅びます。神を清らかに祭らずに福を求めれば、神は必ず禍を下します。民に親しまずにその力を用いようとすれば、人は必ず背きます。心を清めて供え物を捧げるのが禋であり、慈しんで民を守るのが親です。いま虢公は民を駆り立て疲れさせて、自分の邪な望みをほしいままにし、民を離れさせ神を怒らせて利を求めています。難しいことではありませんか」。十九年、晋が虢を取った。
解説
この章句が説くこと
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