古事記 / 中巻・疫病と大物主大神の祭り
故伊久米伊理毘古伊佐知命者。治天下也。次豐木入日子命者。上毛野君。下毛野君等之祖也。妹豐鉏比賣命。拜祭伊勢大神之宮也。次大入杵命者。能登臣之祖也。次倭日子命。此王之時。始而於陵立人垣。此天皇之御世。役病多起。人民死爲盡。爾天皇愁歎而。坐神牀之夜。大物主大神顯於御夢曰。是者我之御心。故以意富多多泥古而。令祭我御前者。神氣不起。國安平。是以驛使班于四方。求謂意富多多泥古人之時。於河內之美努村。見得其人貢進。爾天皇問賜之汝者誰子也。答曰。僕者大物主大神。娶陶津耳命之女活玉依毘賣。生子。名櫛御方命之子。飯肩巢見命之子。建甕槌命之子。僕意富多多泥古白。於是天皇大歡以。詔之天下平人民榮。即以意富多多泥古命。爲神主而。於御諸山拜祭意富美和之大神前。
新字:故伊久米伊理毘古伊佐知命者。治天下也。次豊木入日子命者。上毛野君。下毛野君等之祖也。妹豊鉏比売命。拝祭伊勢大神之宮也。次大入杵命者。能登臣之祖也。次倭日子命。此王之時。始而於陵立人垣。此天皇之御世。役病多起。人民死為尽。爾天皇愁嘆而。坐神牀之夜。大物主大神顕於御夢曰。是者我之御心。故以意富多多泥古而。令祭我御前者。神気不起。国安平。是以駅使班于四方。求謂意富多多泥古人之時。於河内之美努村。見得其人貢進。爾天皇問賜之汝者誰子也。答曰。僕者大物主大神。娶陶津耳命之女活玉依毘売。生子。名櫛御方命之子。飯肩巣見命之子。建甕槌命之子。僕意富多多泥古白。於是天皇大歓以。詔之天下平人民栄。即以意富多多泥古命。為神主而。於御諸山拝祭意富美和之大神前。
書き下し
かれ伊久米伊理毘古伊佐知命は天の下を治らしめしき。次に豊木入日子命は、上毛野君、下毛野君らの祖なり。妹豊鉏比売命は、伊勢の大神の宮を拝き祭りたまひき。次に大入杵命は、能登臣の祖なり。次に倭日子命、この王の時に、始めて陵に人垣を立てき。この天皇の御世に、役病多に起こりて、人民死にて尽きむとしき。ここに天皇愁へ歎きて、神牀に坐しし夜に、大物主大神、御夢に顕れて曰く、「これは我が御心ぞ。かれ意富多多泥古を以ちて、我が御前を祭らしめたまはば、神の気起こらず、国安らかに平らぎなむ」と。ここを以て駅使を四方に班ちて、意富多多泥古と謂ふ人を求むる時に、河内の美努村にその人を見得て貢進りき。ここに天皇、問ひ賜ひしく、「汝は誰が子ぞ」と。答へて曰く、「僕は大物主大神、陶津耳命の女、活玉依毘売を娶して生める子、名は櫛御方命の子、飯肩巣見命の子、建甕槌命の子ぞ、僕意富多多泥古」と白しき。ここに天皇大きに歓びて詔りたまひしく、「天の下平らぎ、人民栄えなむ」と。すなはち意富多多泥古命を以ちて神主と為て、御諸山に意富美和の大神の前を拝き祭りたまひき。
現代語訳
こうして伊久米伊理毘古伊佐知命(垂仁天皇)が天下を治めました。次に豊木入日子命は上毛野君、下毛野君らの祖先です。妹の豊鉏比売命は伊勢の大神の宮を拝み祭りました。次に大入杵命は能登臣の祖先です。次に倭日子命は、この王のときに初めて陵に人垣を立てました。この天皇の治世に疫病が多く起こり、人民が死に絶えそうになりました。天皇は嘆き悩み、神床に寝た夜、大物主大神が夢に現れて言いました。「これは私の心によるものだ。意富多多泥古に私を祭らせれば、神の祟りは起こらず、国は安らかに平和になるだろう」。そこで天皇は早馬の使いを四方に送り、意富多多泥古という人を探させたところ、河内の美努村でその人を見つけて連れてきました。天皇が「あなたは誰の子か」と尋ねると、答えました。「私は大物主大神が陶津耳命の娘の活玉依毘売を妻として生んだ子、櫛御方命の子、飯肩巣見命の子、建甕槌命の子の、意富多多泥古です」。天皇は大いに喜んで言いました。「天下は平和になり、人民は栄えるだろう」。そこで意富多多泥古命を神主とし、御諸山で意富美和の大神を拝み祭りました。
解説
この章句が説くこと
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『新論』長計(精気は物と為り、游魂は変を為す。故に其の昭明焄蒿悽愴なる者は、祭祀有りて以て之を安んずるに非ざる自りは、則ち死者、憑る有ること能はず。死者をして憑る無からしむれば、則ち生者の心に於ても、亦歉然たること無きこと能はず。衆人の如きは、自ら其の然る所以を知らずと雖も、而も冥冥に憾み有る者は、人情の免るる能はざる所なり。且つ生者も亦其の死の安んずる所無きを以て、内に恃みて以て自ら強むる無ければ、則ち身後の説に惑ふこと無き能はざるなり。故に祭祀有る者は、以て之を安んずるなり。父祖の子孫に与けるは、固より同一の気、父祖は即ち其の前身、子孫は即ち其の後身なれば、則ち其の游魂なる者、子孫を去りて奚くにか往かんや。故に子孫を以て父祖を祭れば、感応せざる莫くして、昭明焄蒿悽愴なる者、頼りて以て安んず。天は昭昭の多きなり。而して人天地の間に在り、天地の気常に全身に潜行して、以て生活するなり。故に人の天地に与けるも、亦同一の気にして、其の元気固より天地と通ず。人を以て天地を祭れば、亦感応せざる莫くして、昭昭の多き者、頼りて以て著る。是を以て聖人天に事へ先を祀りて、幽明憾み無くして、天下服す。後世慮深遠ならず、天に事へ先を祀るの事、視て以て文具と為し、民生まれて畏敬する所無く、亦死の憑依する所有るを知らずして、疑懼の心生ず。疑懼生じて民心主無く、是に於て西夷陰禍冥福を以て之を怵れしむるを得。是れ所謂自ら侮りて後に人之を侮る者なり。)
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『新論』國體上舜終を受くれば則ち類禋望徧し、巡狩すれば則ち柴望し、帰れば則ち芸祖に特を用ふ。謨を陳ぶれば則ち曰く、「祖考来格す」と。水土を治むれば則ち九山刊旅す。盤庚の都を遷すには則ち曰く、「大いに先王に享す、爾の祖其れ従ひて与に享く」と。紂を諫むるには則ち曰く、「天胤の典祀」と。(旧胤を以て句と為す、今改めて祀を以て句と為す。)微子は則ち曰く、「神祇の犠牲を攘竊す」と。紂を伐つには則ち曰く、「祭は益無しと謂ふ」と、曰く「肆祀を昏棄して答へず」と。洪範には則ち曰く、「三に曰く祀」と。自ら禱るには則ち曰く、「能く鬼神に事ふ」と。康叔に誥ぐるには則ち曰く、「祀に茲の酒」と。新邑を営むには則ち牲を郊社に用ゐ、殷礼を称し、功宗を記し、文武に禋蒸す。多士に告ぐるには則ち曰く、「徳を明かにし祀を恤ふ」と。召公に告ぐるには則ち曰く、「殷礼陟りて天に配す」と。多方に告ぐるには則ち曰く、「寅んで祀を念ふ」と、曰く「神天を典る」と。顧命には則ち之を廟に受く。尚書の篇篇、祀を慎む所以に非ざるは無きこと是くの如きなり。
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『都鄙問答』卷之二・鬼神ヲ遠ト云事ヲ問ノ段又問、或人云、子曰、其の鬼に非ずして之を祭るは諂ひなりと、祭べからずとのたまふ。我朝には、土地の神、又太神宮といへども、御恩の為に、五穀の出来、初穂や或は神楽などを捧奉ることなれば、兎角唐土とは違有と云り。然るに汝、神は一列の如くに云へるは、如何なることぞ。
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『新論』國體上昔者、天祖肇めて鴻基を建て、位は即ち天位、徳は即ち天徳、以て天業を経綸し、細大の事、一として天に非ざる者無し。徳を玉に比し、明を鏡に比し、威を剣に比し、天の仁を体し、天の明に則り、天の威を奮ひ、以て万邦を照す。天下を以て皇孫に伝ふるに迨び、手づから三器を授けて、以て天位の信と為し、以て天徳に象り、而して天工に代り天職を治めしめ、然る後之を千万世に伝ふ。天胤の尊、厳乎として其れ犯すべからず、君臣の分定まりて、大義以て明かなり。天祖の神器を伝ふるや、特に宝鏡を執りて祝して曰く、「此を視ること猶ほ吾を視るがごとくせよ」と。而して万世奉祀して、以て天祖の神と為す。聖子神孫、宝鏡を仰ぎて影を其の中に見る。見る所の者は即ち天祖の遺体にして、視ること猶ほ天祖を視るがごとし。是に於てか盥薦の間、神人相感じて、以て已むべからず。則ち其の追遠申孝、敬身修徳、亦豈已むを得んや。父子の親敦くして、至恩以て隆し。
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『新論』國體上御禊は潔を致す所以なり。天皇徒跣して警蹕せざるは、敬の至りなり。日蔭鬘・帛御衣は、至敬にして文無きなり。天祖位を伝ふるの日に当り、天児屋をして帝命を出納せしめ、天太玉をして百事に供奉せしむ。児屋の後を中臣氏と為し、太玉の後を斎部氏と為す。故に祭の日、中臣は天神の寿詞を奏し、斎部は神璽の鏡剣を奉る。累世奕葉、必ず当初の儀に仍る。猶ほ新たに命を天祖に受くるがごときなり。(天祖、児屋・太玉等五部の神をして皇孫に侍せしめ、神籬を建て、以て皇孫を護衛すること、猶ほ天上の儀のごとし。神武帝天下を平らぐるや、亦神籬を建て、児屋の孫種子・太玉の孫天富をして、鏡剣を奉じ幣帛を陳ねしむ。而して歴世遵奉する所、是の儀に非ざるは莫し。崇神帝の天祖を笠縫に祭るに及び、石凝姥嘗て天祖に事へて鏡を鋳、目一箇作金者と為りしを以て、故に斎部に命じ、二氏の後を率ゐて、鏡剣を摸造し、以て殿内に奉安せしむ。即ち践祚の日に斎部の奉る所の物是れなり。其の永く旧物を存し、敢へて失墜せざること是くの如し。)
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『新論』長計大物主・倭国魂を祭り、土人の敬ふ所に因りて其の祀を尊秩し、而して畿甸の民心繋属する所有りて、以て同じく朝廷を奉ず。(大物主神は始め国土を平らぐるに功有り、民之を尊奉す。故に其の孫を挙げて祭を主らしむ。而して民は朝廷の民心を以て心と為すを知り、望みを朝廷に属す。而して其の之を祭るの義は、則ち周人の所謂大社なる者と相似たる有り。礼記に云ふ、王群姓の為に社を立つるを大社と曰ふと、是なり。社は土地の神を祭りて、功有る者配す。即ち共工氏に子有り句龍と曰ひ、后土と為る、后土を社と為す、是なり。倭国魂なる者は、蓋し大和の地を鎮むる者なり。当時大和に都す、故に特に其の神を祭る。其の義は周人の所謂王社なる者とも、亦頗る相似たり。礼記に云ふ、王自ら社を立つるを王社と曰ふと、是なり。土地は民の依る所、土地の神は民の敬ふ所、而して天皇首めに之を祭れば、則ち民心統属する所有り。是れ其の一に帰する所以なり。)

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