古事記 / 上巻・黄泉国への訪問と拒絶
上件。自石拆神以下。闇御津羽神以前。并八神者。因御刀所生之神者也。所殺迦具土神之於頭所成神名。正鹿山上津見神。次於胸所成神名。淤縢山津見神。(淤縢二字以音)次於腹所成神名。奧山上津見神。次於陰所成神名。闇山津見神。(闇字以音)次於左手所成神名。志藝山津見神。(志藝二字以音)次於右手所成神名。羽山津見神。次於左足所成神名。原山津見神。次於右足所成神名。戶山津見神。(自正鹿山津見神至戶山津見神并八神)故所斬之刀名。謂天之尾羽張。亦名謂伊都之尾羽張。(伊都二字以音)於是。欲相見其妹伊邪那美命。追往黃泉國。爾自殿縢戶出向之時。伊邪那岐命語詔之。愛我那邇妹命。吾與汝所作之國。未作竟。故可還。爾伊邪那美命答白。悔哉不速來。吾者爲黃泉戶喫。
新字:上件。自石拆神以下。闇御津羽神以前。并八神者。因御刀所生之神者也。所殺迦具土神之於頭所成神名。正鹿山上津見神。次於胸所成神名。淤縢山津見神。(淤縢二字以音)次於腹所成神名。奥山上津見神。次於陰所成神名。闇山津見神。(闇字以音)次於左手所成神名。志芸山津見神。(志芸二字以音)次於右手所成神名。羽山津見神。次於左足所成神名。原山津見神。次於右足所成神名。戸山津見神。(自正鹿山津見神至戸山津見神并八神)故所斬之刀名。謂天之尾羽張。亦名謂伊都之尾羽張。(伊都二字以音)於是。欲相見其妹伊邪那美命。追往黄泉国。爾自殿縢戸出向之時。伊邪那岐命語詔之。愛我那邇妹命。吾与汝所作之国。未作竟。故可還。爾伊邪那美命答白。悔哉不速来。吾者為黄泉戸喫。
書き下し
上の件、石拆神より以下、闇御津羽神より以前、并せて八神は、御刀に因りて生りませる神なり。殺さえし迦具土神の頭に成りませる神の名は、正鹿山津見神。次に胸に成りませる神の名は、淤縢山津見神。(淤縢の二字は音を以てす)次に腹に成りませる神の名は、奥山津見神。次に陰に成りませる神の名は、闇山津見神。(闇の字は音を以てす)次に左の手に成りませる神の名は、志芸山津見神。(志芸の二字は音を以てす)次に右の手に成りませる神の名は、羽山津見神。次に左の足に成りませる神の名は、原山津見神。次に右の足に成りませる神の名は、戸山津見神。(正鹿山津見神より戸山津見神まで并せて八神)故、斬りたまへる刀の名は、天之尾羽張と謂ふ。亦の名は伊都之尾羽張と謂ふ。(伊都の二字は音を以てす)ここにその妹伊邪那美命を相見むと欲ひて、黄泉国に追ひ往きたまひき。ここに殿の縢戸より出で向へたまふ時、伊邪那岐命語らひ詔りたまはく、「愛しき我がなに妹の命、吾と汝と作れる国、未だ作り竟へず。故、還るべし」。ここに伊邪那美命答へ白したまはく、「悔しきかも、速く来ず。吾は黄泉戸喫しつ」。
現代語訳
以上、石拆神から闇御津羽神まで合わせて八神は、刀によって生まれた神です。殺された迦具土神の頭に生まれた神は正鹿山津見神、胸に生まれた神は淤縢山津見神、腹に生まれた神は奥山津見神、陰部に生まれた神は闇山津見神、左の手に生まれた神は志芸山津見神、右の手に生まれた神は羽山津見神、左の足に生まれた神は原山津見神、右の足に生まれた神は戸山津見神です。(正鹿山津見神から戸山津見神まで合わせて八神)斬った刀の名は、天之尾羽張といい、またの名を伊都之尾羽張といいます。そこで伊邪那岐命は、妹の伊邪那美命にもう一度会いたいと思い、黄泉国へ追って行きました。伊邪那美命が御殿の閉ざされた戸から出迎えたとき、伊邪那岐命は語りかけました。「いとしい私の妻よ、あなたと私で作った国は、まだ作り終えていない。だから帰ってきておくれ」。伊邪那美命は答えました。「悔しいことです、もっと早く来てくださらなかったのが。私はもう黄泉の国の食べ物を口にしてしまいました」。
解説
この章句が説くこと
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『政談』江戶町中並に武家屋敷の締りの事是によりて碁盤の目を盛る愚案の仕方は、武家屋敷も町方の如く一町々々に木戸を付け木戸番を置き、一町々々肝煎を仰せ付られ諸事をまうし合はせ、弃もの等これ有ときは、木戸を打たせ、夜中ならばひやうし木又は竹のつゝを吹するやうにすべし、当時辻番と云ふものありて何の用に立たぬ、をのれ〳〵又は割合にて辻番のものいりを出す、このものいりにては、木戸を付け木戸番を置くことは大かた成るべきなり、町も御堀端には木戸なし、是も木戸を付けたきなり、江戸はづれ田舎へ取り付く境目にも、木戸を付けたきことなり、和漢の古法かくの如し、総して夜行を禁ずる事古法なり、都のはづれ田舎へとりつく所は、外郭とて元来堀をほり、土手をつくこと武備の一つなり、それほどになくとも木戸を付けて境すべきことなり、元来この境も立ざる故、いづ方までが江戸の内にて、是より田舎なりと云ふ境なく、民のこゝろまゝに、家を建つゞくる故、江戸の広さ年々に広まり行き、誰許すともなく、奉行御役人にも一人として心付く人もなくて、いつの間にか北は千住、南は品川まで家つゞきになりたるなり、これ亦古法を知らざる誤りなり、
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『新書』壹通天子長安に都し、而して淮南の東南の辺を以て奉地と為す。道に弥ること数千、軽がるしく輸致せず。郡或いは乃ち諸侯を越えて免侯の地有り、遠方に於いて調均しく発徴するも、又た且つ必ず同じ。大国は小国を包みて境と為し、小国は大国を闊して都と為す。小大駁躒し、遠近衰うる無し。天子諸侯の封畔の経無きや、至りて無状なり。藩国を以て彊敵に資し、列侯を以て篡夫に餌す、至りて得ざるなり。陛下奈何ぞ久しく此を正さざる。
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『学問のすゝめ』六編・国法の貴きを論ず・指一本を賊の身に加うることをも許さず罪人を罰するは政府に限りたる権なり、私の職分にあらず。ゆえに私の力にてすでにこの強盗を取り押え、わが手に入りしうえは、平人の身としてこれを殺しこれを打擲すべからざるはもちろん、指一本を賊の身に加うることをも許さず、ただ政府に告げて政府の裁判を待つのみ。もしも賊を取り押えしうえにて、怒りに乗じてこれを殺し、これを打擲することあれば、その罪は無罪の人を殺し、無罪の人を打擲するに異ならず。譬えば某国の律に、「金十円を盗む者はその刑、笞一百、また足をもって人の面を蹴る者もその刑、笞一百」とあり。しかるにここに盗賊ありて、人の家に入り金十円を盗み得て出でんとするとき、主人に取り押えられ、すでに縛られしうえにて、その主人なおも怒りに乗じ足をもって賊の面を蹴ることあらん、しかるときその国の律をもってこれを論ずれば、賊は金十円を盗みし罪にて一百の笞を被り、主人もまた平人の身をもって私に賊の罪を裁決し足をもってその面を蹴りたる罪により笞うたるること一百なるべし。国法の厳なることかくのごとし。人々恐れざるべからず。
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論語・八佾篇林放礼の本を問う。子曰く、「大なるかな問いや。礼は其の奢らんよりは、寧ろ倹せよ。喪は其の易めんよりは、寧ろ戚めよ。」
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