政談 / 江戶町中並に武家屋敷の締りの事
是によりて碁盤の目を盛る愚案の仕方は、武家屋敷も町方の如く一町々々に木戶を付け木戶番を置き、一町々々肝煎を仰せ付られ諸事をまうし合はせ、弃もの等これ有ときは、木戶を打たせ、夜中ならばひやうし木又は竹のつゝを吹するやうにすべし、當時辻番と云ふものありて何の用に立たぬ、をのれ〳〵又は割合にて辻番のものいりを出す、このものいりにては、木戶を付け木戶番を置くことは大かた成るべきなり、町も御堀端には木戶なし、是も木戶を付けたきなり、江戶はづれ田舍へ取り付く境目にも、木戶を付けたきことなり、和漢の古法かくの如し、總して夜行を禁ずる事古法なり、都のはづれ田舍へとりつく所は、外郭とて元來堀をほり、土手をつくこと武備の一つなり、それほどになくとも木戶を付けて境すべきことなり、元來この境も立ざる故、いづ方までが江戶の內にて、是より田舍なりと云ふ境なく、民のこゝろまゝに、家を建つゞくる故、江戶の廣さ年々に廣まり行き、誰許すともなく、奉行御役人にも一人として心付く人もなくて、いつの間にか北は千住、南は品川まで家つゞきになりたるなり、これ亦古法を知らざる誤りなり、
新字:是によりて碁盤の目を盛る愚案の仕方は、武家屋敷も町方の如く一町々々に木戸を付け木戸番を置き、一町々々肝煎を仰せ付られ諸事をまうし合はせ、弃もの等これ有ときは、木戸を打たせ、夜中ならばひやうし木又は竹のつゝを吹するやうにすべし、当時辻番と云ふものありて何の用に立たぬ、をのれ〳〵又は割合にて辻番のものいりを出す、このものいりにては、木戸を付け木戸番を置くことは大かた成るべきなり、町も御堀端には木戸なし、是も木戸を付けたきなり、江戸はづれ田舎へ取り付く境目にも、木戸を付けたきことなり、和漢の古法かくの如し、総して夜行を禁ずる事古法なり、都のはづれ田舎へとりつく所は、外郭とて元来堀をほり、土手をつくこと武備の一つなり、それほどになくとも木戸を付けて境すべきことなり、元来この境も立ざる故、いづ方までが江戸の内にて、是より田舎なりと云ふ境なく、民のこゝろまゝに、家を建つゞくる故、江戸の広さ年々に広まり行き、誰許すともなく、奉行御役人にも一人として心付く人もなくて、いつの間にか北は千住、南は品川まで家つゞきになりたるなり、これ亦古法を知らざる誤りなり、
書き下し
是によりて碁盤の目を盛る愚案の仕方は、武家屋敷も町方の如く一町々々に木戸を付け木戸番を置き、一町々々肝煎を仰せ付られ諸事をまうし合はせ、弃もの等これ有ときは、木戸を打たせ、夜中ならばひやうし木又は竹のつゝを吹するやうにすべし、当時辻番と云ふものありて何の用に立たぬ、をのれ〳〵又は割合にて辻番のものいりを出す、このものいりにては、木戸を付け木戸番を置くことは大かた成るべきなり、町も御堀端には木戸なし、是も木戸を付けたきなり、江戸はづれ田舎へ取り付く境目にも、木戸を付けたきことなり、和漢の古法かくの如し、総して夜行を禁ずる事古法なり、都のはづれ田舎へとりつく所は、外郭とて元来堀をほり、土手をつくこと武備の一つなり、それほどになくとも木戸を付けて境すべきことなり、元来この境も立ざる故、いづ方までが江戸の内にて、是より田舎なりと云ふ境なく、民のこゝろまゝに、家を建つゞくる故、江戸の広さ年々に広まり行き、誰許すともなく、奉行御役人にも一人として心付く人もなくて、いつの間にか北は千住、南は品川まで家つゞきになりたるなり、これ亦古法を知らざる誤りなり、
現代語訳
そこで碁盤の目を盛る私の案のやり方は、武家屋敷も町方のように一町ごとに木戸をつけて木戸番を置き、一町ごとに肝煎(世話役)を仰せつけて諸事を申し合わせ、捨て物などがあるときは木戸を打たせ、夜中ならば拍子木か竹の筒を吹かせるようにすべきである。いま辻番というものがあるが何の役にも立たない。各自、あるいは割り当てで辻番の費用を出している。この費用で、木戸をつけ木戸番を置くことはおおかたできるだろう。町でもお堀端には木戸がない。ここにも木戸をつけたい。江戸のはずれ、田舎へ取りつく境目にも木戸をつけたいものである。和漢の古法はこのとおりである。総じて夜歩きを禁ずるのが古法である。都のはずれで田舎へ取りつく所は、外郭といってもともと堀を掘り土手を築くもので、武備の一つである。それほどでなくとも、木戸をつけて境とすべきである。もともとこの境も立てないので、どこまでが江戸の内で、ここからが田舎という境がなく、民が思うままに家を建て続けるので、江戸の広さは年々広がってゆき、誰が許すともなく、奉行やお役人にも一人として気づく人がなく、いつの間にか北は千住、南は品川まで家続きになったのである。これもまた古法を知らない誤りである。
解説
この章句が説くこと
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『政談』諸役人職分支配を分つ事譬へは国境郷村の境山垂れ等分明ならす、度々所々の公事絶ゆることなし、是兼ねて其の所を支配する人明かに我か支配を知らぬ故なり、其の支配所を知りて事出つへき所は下より申し出てすとも、申し立てゝ御当家の御定めありたきことなり、御当家の御定め無きに遠国の事を在江戸の奉行之を捌かんとするとも詮方なし、これによりてかろきみのう撿使につかはせはかりもの格を取証拠無けれは捌かれぬ故小田原又は信玄又は信長公又は太閤なとのときの奉行の書物を証拠とす、これは先方の時分にて惣体の模様違ひたる時代を証拠に引くこと埓もなきことなり、或は室町家或は鎌倉或は往古の綸旨等を証拠に引くも年数遥かに隔りて埓もなきことは、是れ皆奉行をする面々兎角何ことも先例を引き付けたるくせにて引くましき先例を引く也、是れ皆御当家の御定めなき故也、
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『学問のすゝめ』六編・国法の貴きを論ず・指一本を賊の身に加うることをも許さず罪人を罰するは政府に限りたる権なり、私の職分にあらず。ゆえに私の力にてすでにこの強盗を取り押え、わが手に入りしうえは、平人の身としてこれを殺しこれを打擲すべからざるはもちろん、指一本を賊の身に加うることをも許さず、ただ政府に告げて政府の裁判を待つのみ。もしも賊を取り押えしうえにて、怒りに乗じてこれを殺し、これを打擲することあれば、その罪は無罪の人を殺し、無罪の人を打擲するに異ならず。譬えば某国の律に、「金十円を盗む者はその刑、笞一百、また足をもって人の面を蹴る者もその刑、笞一百」とあり。しかるにここに盗賊ありて、人の家に入り金十円を盗み得て出でんとするとき、主人に取り押えられ、すでに縛られしうえにて、その主人なおも怒りに乗じ足をもって賊の面を蹴ることあらん、しかるときその国の律をもってこれを論ずれば、賊は金十円を盗みし罪にて一百の笞を被り、主人もまた平人の身をもって私に賊の罪を裁決し足をもってその面を蹴りたる罪により笞うたるること一百なるべし。国法の厳なることかくのごとし。人々恐れざるべからず。
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『十善法語』巻第七・不兩舌戒経ニ云。仏言人於世間不犯他人婦女。心不念邪僻。従是得五善。何等五。一者不亡費。二者不畏県官。三者不畏人。四者得上天。天上玉女作婦。五者従天上来下生世間。多端正婦。今尊者見有若干婦端正好色。皆故世宿命不犯他人婦女所致也。見在分明。慎莫犯他人婦女トアル。若邪婬ノ者ハ此ニ反シテ。一ニハ家室和セス。夫婦シハシハ闘ヒ。シハシハ銭財ヲ費ス。二ニ王法ノ疾ム所。県官ノ罰スル所。身罪ニ当リ。死亡ヲ招ク。三ニ自カラ身ヲ欺キ。常ニ人ヲ畏ル。四ニ悪趣ニ入ル。五ニ悪趣ヨリ出テ。タマタマ人中ニ生シテモ。自ラ婬蕩不羈。随意ノ眷属ヲ得ズ。タマタマ有モ柔順ナラス。婦容色ナク。悪性嫉妬ス。設シ女人トナレハ独一主人ナラス。多人共シテ婦トシ。常ニ捶杖ニ遇フトアル。此業果面白キシヤ。天地ミナ分界アリ。万物各各主アル。守レハ此処ニ福智生スル。侵セハ此処ニ罪累起ル。此等ノ事。真正ノ道人ノ世間ニ在テ常ニ咲ヲ含ム処シヤ。
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論語・八佾篇林放礼の本を問う。子曰く、「大なるかな問いや。礼は其の奢らんよりは、寧ろ倹せよ。喪は其の易めんよりは、寧ろ戚めよ。」
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『碧巌録』第三十六則且く道へ、這の公案、仰山僧に問ふ、近離甚れの処ぞ、僧云く、廬山、仰云く、曾て五老峰に到るや、僧云く、曾て到らず、仰云く、闍黎曾て山に遊ばずと、緇素を辨じ看よ、是れ同か是れ別か。這裏に到りては、須らく是れ機関尽き意識忘じて、山河大地、草芥人畜、些子の滲漏も無かるべし。若し此の如くならずんば、古人之を猶ほ勝妙の境界に在りと謂ふ。見ずや、雲門道ふ、直に山河大地に繊毫の過患無きことを得るも、猶ほ転物と為す。一切の色を見ざるも、始めて是れ半提なり。更に須らく全提の時節、向上の一竅有ることを知りて、始めて穏坐を解すべしと。若し透得せば、依旧として山は是れ山、水は是れ水、各自位に住し、各本体に当たる。大拍盲の人の如くに相似たり。趙州道ふ、鶏鳴丑、愁へて見る起き来りて還た漏逗することを。裙子褊衫箇も也た無く、袈裟の形相些些有り。裩に襠無く袴に口無し、頭上の青灰三五斗。本修行して人を利済せんが為なるに、誰か知らん翻つて不唧𠺕と成らんとは。
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『呻吟語』外篇・治道・公私の二字は宇宙の人鬼關公私の兩字は、是れ宇宙の人鬼關なり。若し朝堂より以て閭裡に至るまで、只だ公の字を把持し得て定まれば、便ち自ら天清く地寧く、政清く訟息む。只だ一個の私の字にて、擾攘して世界を成さず。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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