弘道館記述義 / 集衆思・告志篇に見る報本酬恩と分を守る心
臣彪謹案。臣下之於君上一體也。子孫之於祖先一氣也。臣子旣脩其德。行道藝。以事君父。人君集其衆思群力。以報祖宗。則君臣上下。所以推弘斯道者孰大焉。祖宗之志於是弗墜。神皇之靈豈有不感格之理哉。然要其本唯在愼我躬行事我君父。固不在犯分踰等鶩於高遠也。曩者我公始就國也。親述一書。諭國中子弟。名曰告志篇。其言皆士大夫躬行之要。其於忠孝大節。蓋尤致思焉。其略有言曰。天下萬姓煦育之恩本於天祖。二百餘年太平之化。原於東照宮。而士大夫各保其祿位者。皆先君先祖之餘澤。思其本酬其恩者。爲臣子立志第一義。恭惟天皇實承天祖之嗣。大將軍則纘東照宮之統。寡人雖無似。亦忝威公之胤。士大夫皆襲祖先之後。則無貴賤無大小。各孝於其父母。忠於其長上。而報本酬恩之義並擧矣。若慢其君父。欲直盡忠於朝廷與霸府。則犯分踰等之甚者。適足以取僭亂之罪而已。及公再就國。乃建斯館以敎養子弟。又撰斯記。以揭其大綱。其所以闡明道義維持名敎。實可以爲天下後世之訓。豈特一國士民知方而已哉。學者能讀斯記。知斯道之淵源。參以告志之篇。從事於躬行實踐之業。則庶幾乎不負公之盛意矣。建斯館以統其治敎者誰。權中納言從三位源朝臣某也。
新字:臣彪謹案。臣下之於君上一体也。子孫之於祖先一気也。臣子既脩其徳。行道芸。以事君父。人君集其衆思群力。以報祖宗。則君臣上下。所以推弘斯道者孰大焉。祖宗之志於是弗墜。神皇之霊豈有不感格之理哉。然要其本唯在慎我躬行事我君父。固不在犯分踰等鶩於高遠也。曩者我公始就国也。親述一書。諭国中子弟。名曰告志篇。其言皆士大夫躬行之要。其於忠孝大節。蓋尤致思焉。其略有言曰。天下万姓煦育之恩本於天祖。二百余年太平之化。原於東照宮。而士大夫各保其禄位者。皆先君先祖之余沢。思其本酬其恩者。為臣子立志第一義。恭惟天皇実承天祖之嗣。大将軍則纘東照宮之統。寡人雖無似。亦忝威公之胤。士大夫皆襲祖先之後。則無貴賤無大小。各孝於其父母。忠於其長上。而報本酬恩之義並挙矣。若慢其君父。欲直尽忠於朝廷与覇府。則犯分踰等之甚者。適足以取僭乱之罪而已。及公再就国。乃建斯館以教養子弟。又撰斯記。以掲其大綱。其所以闡明道義維持名教。実可以為天下後世之訓。豈特一国士民知方而已哉。学者能読斯記。知斯道之淵源。参以告志之篇。従事於躬行実践之業。則庶幾乎不負公之盛意矣。建斯館以統其治教者誰。権中納言従三位源朝臣某也。
書き下し
臣彪謹んで案ずるに、臣下の君上に於けるや一体なり。子孫の祖先に於けるや一気なり。臣子既に其の徳を脩め、道芸を行ひ、以て君父に事へ、人君其の衆思群力を集め、以て祖宗に報いば、則ち君臣上下の、斯の道を推弘する所以の者、孰れか大ならん。祖宗の志是に於いて墜ちず、神皇の霊、豈に感格せざるの理有らんや。然れども其の本を要するに唯我が躬行を慎み我が君父に事ふるに在り、固より分を犯し等を踰え高遠に鶩するに在らず。曩者我が公の始めて国に就くや、親ら一書を述べ、国中の子弟に諭し、名づけて告志篇と曰ふ。其の言は皆士大夫躬行の要にして、其の忠孝の大節に於いては、蓋し尤も思ひを致す。其の略に言有り、曰く、天下万姓煦育の恩は天祖に本づき、二百余年太平の化は東照宮に原づく。而して士大夫各其の禄位を保つ者は、皆先君先祖の余沢なり。其の本を思ひ其の恩に酬ゆる者は、臣子の志を立つる第一義たり。恭しく惟みるに天皇は実に天祖の嗣を承け、大将軍は則ち東照宮の統を纘ぐ。寡人は無似なりと雖も、亦威公の胤を忝くし、士大夫は皆祖先の後を襲ふ。則ち貴賤と無く大小と無く、各其の父母に孝に、其の長上に忠にして、報本酬恩の義並び挙がらん。若し其の君父を慢り、直ちに忠を朝廷と覇府とに尽くさんと欲せば、則ち分を犯し等を踰ゆるの甚だしきにして、適に以て僭乱の罪を取るのみと。公の再び国に就くに及び、乃ち斯の館を建て以て子弟を教養し、又斯の記を撰して以て其の大綱を掲ぐ。其の道義を闡明し名教を維持する所以は、実に以て天下後世の訓と為すべし。豈に特に一国の士民、方を知るのみならんや。学者能く斯の記を読み、斯の道の淵源を知り、参ずるに告志の篇を以てし、躬行実践の業に従事せば、則ち庶幾はくは公の盛意に負かざらん。斯の館を建て以て其の治教を統ぶる者は誰ぞ。権中納言従三位源朝臣某なり。
現代語訳
臣の彪が謹んで考えます。臣下が君主に対するのは一体であり、子孫が祖先に対するのは同じ一つの気でつながっています。臣下や子がその徳を修め、道芸を行って君や父に仕え、君主が衆思と群力を集めて祖先に報いるなら、君臣上下がこの道を押し広めることとして、これより大きなものがあるでしょうか。祖先の志はそこで墜ちず、天皇の霊が感応してお降りにならないはずがありません。しかし、その根本を突き詰めれば、ただ自分の実践を慎み、自分の君や父に仕えることにあり、もとより分を犯し等級を越えて高く遠いところへ走ることではありません。 かつて、わが公(斉昭)が初めて領国に入られたとき、自ら一書を著して領内の子弟に諭し、「告志篇」と名づけました。その言葉はみな士大夫の実践の要点で、忠孝の大節については、特に思いを込めておられました。その大略にこうあります。「天下の万民が慈しみ育まれる恩は天祖に基づき、二百余年の太平の教化は東照宮(家康)に由来する。士大夫がそれぞれ禄と地位を保っているのは、みな先君・先祖の余沢である。その根本を思い、その恩に報いることが、臣下や子が志を立てる第一の義である。恭しく考えるに、天皇は実に天祖の跡を継ぎ、大将軍は東照宮の系統を継いでいる。私は至らない身だが、威公(頼房)の子孫の末に連なり、士大夫はみな祖先の跡を継いでいる。身分の貴賤・大小を問わず、それぞれ父母に孝を尽くし、長上に忠を尽くせば、本に報い恩に酬いる義は、ともに行われるであろう。もしその君や父を軽んじて、直接に朝廷と幕府(覇府)に忠を尽くそうとするなら、分を犯し等級を越えることの甚だしいもので、まさに僭越・乱の罪を取るだけである」と。 公が再び領国に入られると、この館を建てて子弟を教え養い、また本記(弘道館記)を撰してその大綱を掲げられました。その道義を明らかにし名教を維持するやり方は、まことに天下後世の教えとなるものです。一国の士民が行く道を知るだけではありません。学ぶ者がよくこの記を読み、この道の淵源を知り、『告志篇』を参照して、実践と躬行の事業に従事するなら、公の盛んなお心に背かないでしょう。この館を建ててその治教を統べる者は誰か。権中納言従三位源朝臣某(徳川斉昭)です。
解説
この章句が説くこと
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『告志篇』・本を思い恩に報いる心がけ告志篇我等淺學不才にて義理文辭とも行屆兼候へども、 存付候事包み居候ては我等の愚意も不相分、愚意なりとてかくすべきにもあらねば、かきつゞりて一冊となし、近侍のものへ爲見候なり、敢て老成人に示さんとにはあらず、少年後進の輩、見及び聞及びにて尤と存相守候はゞ、大幸の事と存候也、人は貴き賤きによらず、本を思ひ恩に報い候樣心懸候儀專一と存候、抑 日本は 神聖の國にして、天祖天孫統を垂れ極を建給ひしよりこのかた、明德の遠き太陽とゝもに照臨まし〱、寶祚の隆なる天壤とゝもに窮りなく、君臣父子の常道より、衣食住の日用に至るまで、皆これ天祖の恩賚にして、萬民永く飢寒の患を免れ、天下敢て非望の念を萌さず、難有と申も恐多き御事なり、然れども、數千年の久しきうちに盛衰なき事あたはず、或は治り或は亂れ、永祿天正の間に至て天下の亂極まりしかど、東照宮三河に起らせられ、櫛風沐雨、辛苦艱難まし〱て、上は天朝を輔翼し奉り、下は諸侯を鎭撫し給ひ、二百餘年の今に至るまで、天下泰山の安きを保ち、人民塗炭の苦を免れ、うまれながら太平の德澤に浴し居候は、これ亦難有御事ならずや、されば人たるもの、かりそめにも、神國の尊きゆゑんと天祖の恩賚とを忘るべからず、又かりそめにも、東照宮の德澤をゆるかせに心得候ては不相濟事と存候、我等愚昧にして士民の上に立べき者にあらねど、祖先の餘蔭により、天朝及び 公邊の恩澤に浴し、乍不肖三位の尊を汚し三家の重きに列して、天下の藩屏とも相成居候上は、
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『告志篇』・忠孝は身分に応じた順序で尽くす今世にはよく父母を養ひ、衣食等の世話行屆き候を孝子と唱へ候處、これも孝の一端には候へども、庶人の孝にて士の孝とは申し難く存候、孝經にも、天子より庶人に至るまで、其立塲により孝にも夫夫次第有之樣相見え候、扨又人々、天祖、東照宮の御恩を報んとて惡しく心得違ひ、眼前の君父をもさし置、たゞちに天朝、公邊へ忠を盡さむと思はゞ、却て僭亂の罪のがるまじく候、されば忠も其身分により次第有之事に候へば、前にもいへる如く、兎に角に面々の身分を考へ、眞實に心を用候はゞ、自ら過不及も有之間敷候、申迄は無之候へども、天祖の恩賚にて萬民生育いたし、東照宮の德澤にて國家太平に相成、先君先祖の餘慶にて面々祿位を保ち居候處、年を經世を歷るに從ひ、本を忘れ恩を忘れ候は愚なる事ならずや、恐多くも今の天朝はまさしく天祖の日嗣に被爲渡、今の 將軍家は即ち東照宮の神孫に被爲在、乍不肖我等は 威公の血脉を傳へ、各は先祖々々の家系を繼來候事に候へば、此所能ゝ相辨へ、天祖、東照宮の御恩を報んとならば、先君先祖の恩を報んと心懸候外有之間敷候、先君先祖の恩を報んとならば、眼前の君父に忠孝を盡し候外有之間敷候、萬一右之外に忠孝の道ありといはゞ、皆是異端邪說と存候間、忠孝一致と相辨へ、心得違無之樣致度事に候、
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『告志篇』・告志篇の由来と書写の趣意右告志篇は、 壬辰の秋より 景山公思召よらせられ、御政務の御餘暇書綴せ給ひ、商書盤庚の篇に、告爾于朕志若否と云へるを取らせ給ひて、かく名づけ給ひしなり、今茲、癸巳三月、初て御國に就せられ、 貧賓の閣に、御遊豫の折から、御親書あらせられしとて、卽ちこれを賜り、存意も候はゞ申あぐべしと、御謙遜の 仰を蒙り、恭しく拜讀するに、深く世俗の浮華を歎かせられ、威義二公以來、御先代の御志を繼せられ、弊風を一洗し、文武の本旨を御發揮遊ばされ、忠孝の大本を說き曉し給ひし也、士民の爲に 御心を盡させられ、御憂慮遊ばされ候 御仁慮誠に有難き事ならずや、かく厚き 尊慮をもわきまへず、舊汚に染て自新にするの志ならんは、其恐れ少からざるべし、されば、此篇士民に寫示しなば、御治化益ゝ速に行はれ、二公の御世に復せん事を、まのあたり見奉らん事の、喜にたへず、手寫して傳ふるなり、就中、漢語など御用ゐ遊ばされし所も、間ゝあれば、人により喩得ざる事もあらんかと、旁に假名を注し、通解しやすからん事を願ふのみ、天保四年癸巳孟夏松平將監賴位謹識告志篇 終
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『告志篇』・人の才を妬まず誠信を本とする何事によらず、己れの能を挾みて、人の能を妬み抔するは、いといやしき心なり、何事にても我より先なる者あらば聽ことを恥ず、子供にも問べく、又我より後なるものをば能世話いたし引立候樣にすべし、家中に藝能等すぐれたる者多く出來候は、主君の爲なり、然るに文武に限らず、同流にても他流にても、上手の者を妬み抔するは、主君へ對し不忠なる事ならずや、己れの不遇を恨、人の立身を羨み嫉む抔は、猶更士には有間敷事なり、我等乍不肖、士民の上に臨み居候上は、家中の賢能を勸め、邪慝を懲しめ申度、常ゝ心を用ゐ候得ども、知人の難きは、聖人の病給ふ所にて、中々行屆兼候間、餘多の家中には善をなしてかくれ居候も可有之、又惡をなしてのがれ居候も可有之、日夜致苦心候處、面々に於ては我等の心を推察いたし、正道を守り邪行を戒め候樣致度事に候、然るに誰某は善行あれども上の賞にも預らねば、善をなすも無益なりと思ひ、誰某は惡事あれども罰も蒙らねば、惡をなし候ても申譯ありといひ、一人や二人の進退を見て忽に心を動し、惡をなし候樣なる者は、我家中にはあるまじく候、何事によらず、定置所の法度、又は父母師友の敎戒を守るは勿論に候へども、夫迄にも無之、大抵の人は是は善是は惡と申儀分ればこそ、惡き事は忍び隱れて行ひ候へば、一向善惡の境不相辨とは申がたく、多分は己れも惡敷と存じ、人よりも心を付られ候をも知つゝ行ひ候事に候へば、求て行ひ候も同樣なるべし、かくれたるより顯るはなしといへり、ゆめ〱いつはりなく、誠信を本とし、內省不疚の聖語、服膺致たき事に候。
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『弘道館記述義』・士民・君主と世継ぎから始める教育の順序又其の本を論ずれば、則ち必ず人君を薫陶し世子を輔導するに始まる。歴く西土歴代の制を観るに、夏殷の礼は、孔子既に文献足らず徴するに足らずと歎ず、則ち後世の得て詳らかにすべき所に非ず。秦漢以降の郡県の政も亦封建の治に用ふべからず。独り周家の制は頗る今日に合ひ、又幸ひに遺経の徴すべき有り。則ち西土の道に資る者、之を舎きて何をか述べん。周の教へを設くる、其の制甚だ備はる。司徒の属は民に徳行道芸を教へ、其の賢者能者を興す。而して師保の職は門闈の学を掌り、咫尺君の告箴諫悪す。又徳行道芸を以て国子を教養す。虞書に曰く、夔に命じて楽を典り冑子を教へしむと。冑子は即ち国子なり。此に由りて之を観れば、国子を教ふるを急にするは、独り周家のみ然るに非ず。我が公の館を設くる、其の意に倣ふ。乃ち正庁の奥に就きて一室を営み、扁して至善と曰ひ、以て読書燕息の所と為す。教授提挙の府を其の傍に設け、凡そ国の貴遊の子弟其の間に周旋す。又黌舎に就きて別に一寮を設け、凡そ巨室の適子及び左右近臣の少壮者を寄宿せしめ、艱苦を諳んじ道芸を講じ、以て才徳を陶冶せしむ。又居学及び講習の寮を設け、闔国の子弟各序を以て業に就き、敢へて怠惰せず。嗚呼後嗣の君は公の志を継ぎ、克く俊徳を明らかにし以て至善の地に止まれ。其の政を任ずる者は能く周家の法を酌み、冑子の教へを忽にせざれ。而して其の学ぶ者は則ち小と無く大と無く、志を立て学を講じ、徳行道芸、或いは賢に或いは能にして、其の泯然たる者を変じ、以て文質彬彬たる君子と為さば、則ち庶はくは心を労し人を治むるの職を曠しくせざらん。

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