弘道館記述義 / 寶祚以之無窮・群神が役割を分けて天業を助ける
(案書紀。皇孫之降臨似其策皆出於高皇產靈尊。而天祖不與者。)於(高皇產靈尊。古事記所謂別天神之一。其嚴固非群神之比。則當時大議宜必參焉。然云皆出於其意。則不能無疑。且書紀一說及古事記。則皇孫之降臨皆出於天祖意。而高皇產靈尊每參其議也。故今從之。)思兼神竭其智。手力雄神效其勇。天兒屋命。太玉命。掌祭祀之事。武雷神當征討之任。(案書紀。有經津主命。先武雷神受征討之詔。近世講古學者以爲。書紀蓋謬傳武雷神事迹。而爲二神也。姑存疑以俟後考。)天忍日命。天津久米命。帶仗前行。其他群神。各奉其職以贊成天業。古者稱天皇曰須明良美古登。須明良之爲言統御也。美古登之爲言尊稱也。蓋猶統御宇內之至尊云爾。又稱天業。曰阿麻都斐都岐。阿麻都斐者天日也。都岐者繼嗣也。蓋謂必日神之胤。然後可繼皇緒也。(及後世有文字。訓天皇以須明良美古登。又訓踐祚及臨極以斐都岐。皆取於其義耳。但若以阿麻都斐都岐爲天日嗣。訓義共通。上世設名義。其不苟如此。嗚呼孰謂書契以前未嘗有道耶。)爾來天日之嗣。世奉神器以君臨萬姓。群神之胤亦皆世其職。以翊戴皇室。此蓋神州建基之大端也。嗚呼天祖天孫所以垂統創業。魏魏乎其大矣。乃寶祚之隆。與天壤無窮者。豈偶然乎哉。
新字:(案書紀。皇孫之降臨似其策皆出於高皇産霊尊。而天祖不与者。)於(高皇産霊尊。古事記所謂別天神之一。其厳固非群神之比。則当時大議宜必参焉。然云皆出於其意。則不能無疑。且書紀一説及古事記。則皇孫之降臨皆出於天祖意。而高皇産霊尊毎参其議也。故今従之。)思兼神竭其智。手力雄神効其勇。天児屋命。太玉命。掌祭祀之事。武雷神当征討之任。(案書紀。有経津主命。先武雷神受征討之詔。近世講古学者以為。書紀蓋謬伝武雷神事迹。而為二神也。姑存疑以俟後考。)天忍日命。天津久米命。帯仗前行。其他群神。各奉其職以賛成天業。古者称天皇曰須明良美古登。須明良之為言統御也。美古登之為言尊称也。蓋猶統御宇内之至尊云爾。又称天業。曰阿麻都斐都岐。阿麻都斐者天日也。都岐者継嗣也。蓋謂必日神之胤。然後可継皇緒也。(及後世有文字。訓天皇以須明良美古登。又訓践祚及臨極以斐都岐。皆取於其義耳。但若以阿麻都斐都岐為天日嗣。訓義共通。上世設名義。其不苟如此。嗚呼孰謂書契以前未嘗有道耶。)爾来天日之嗣。世奉神器以君臨万姓。群神之胤亦皆世其職。以翊戴皇室。此蓋神州建基之大端也。嗚呼天祖天孫所以垂統創業。魏魏乎其大矣。乃宝祚之隆。与天壤無窮者。豈偶然乎哉。
書き下し
(案ずるに書紀、皇孫の降臨は其の策皆高皇産霊尊より出で、而して天祖与らざるに似たり。)(高皇産霊尊は、古事記の所謂別天神の一にして、其の厳は固より群神の比に非ず。則ち当時の大議には宜しく必ず参すべし。然れども皆其の意より出づと云へば、則ち疑ひ無きこと能はず。且つ書紀の一説及び古事記に則ち、皇孫の降臨は皆天祖の意より出で、而して高皇産霊尊毎に其の議に参す。故に今之に従ふ。)思兼神は其の智を竭くし、手力雄神は其の勇を効す。天児屋命・太玉命は祭祀の事を掌り、武雷神は征討の任に当たる。(案ずるに書紀に、経津主命有り、武雷神に先んじて征討の詔を受く。近世古学を講ずる者以為らく、書紀は蓋し武雷神の事迹を謬り伝へて二神と為せるなり、と。姑く疑ひを存して以て後考を俟つ。)天忍日命・天津久米命は、仗を帯びて前行す。其の他の群神は、各〻其の職を奉じて以て天業を賛成す。古者天皇を称して須明良美古登と曰ふ。須明良の言たる、統御なり。美古登の言たる、尊称なり。蓋し猶ほ宇内を統御する至尊と云ふがごとし。又た天業を称して阿麻都斐都岐と曰ふ。阿麻都斐は天日なり。都岐は継嗣なり。蓋し必ず日神の胤にして然る後に皇緒を継ぐべきを謂ふなり。(後世文字有るに及び、天皇に訓ずるに須明良美古登を以てし、又た践祚及び臨極に訓ずるに斐都岐を以てす。皆其の義に取るのみ。但し阿麻都斐都岐を以て天日嗣と為せば、訓義共に通ず。上世名義を設くること、其の苟くもせざること此くの如し。嗚呼、孰か書契以前に未だ嘗て道有らずと謂ふや。)爾来、天日の嗣、世〻神器を奉じて以て万姓に君臨し、群神の胤も亦た皆其の職を世〻にして、以て皇室を翊戴す。此れ蓋し神州建基の大端なり。嗚呼、天祖天孫の統を垂れ業を創むる所以、魏魏乎として其れ大なり。乃ち宝祚の隆んなること、天壌と窮まり無き者、豈に偶然ならんや。
現代語訳
(考えますに、『日本書紀』では、皇孫の降臨は、その計画がみな高皇産霊尊から出ていて、天祖はかかわっていないように見える。)(高皇産霊尊は、『古事記』にいう別天神の一柱で、その厳かさはもとより他の神々の比ではない。そうであれば、当時の大きな会議には必ず加わったはずである。しかしすべてその意から出たというのであれば、疑いなしとはできない。また、書紀の一説と『古事記』では、皇孫の降臨はみな天祖の意から出て、高皇産霊尊がいつもその議に参加している。そこで今これに従う。)思兼神はその知恵を尽くし、手力雄神はその勇気を差し出しました。天児屋命・太玉命は祭祀のことをつかさどり、武雷神は征討の任に当たりました。(考えますに、書紀には経津主命がいて、武雷神より先に征討の詔を受けている。近ごろ古学を講じる者は、書紀は武雷神の事跡を誤って伝え、二柱の神としたのだと考える。しばらく疑いを残して後の考証を待つ。)天忍日命・天津久米命は、武器を帯びて先導しました。そのほかの多くの神々は、それぞれの職を奉じて天の事業を助け成しました。昔は天皇を「スメラミコト」といいました。「スメラ」は統御するという意味で、「ミコト」は尊称です。つまり天下を統べ治める至尊という意味でしょう。また天の事業(皇位)を「アマツヒツギ」といいます。「アマツヒ」は天の日で、「ツギ」は後継ぎです。必ず日の神の子孫であってこそ皇統を継ぐべきことを言うのでしょう。(後世に文字ができると、天皇に「須明良美古登」を当て、また践祚や即位に「斐都岐」を当てた。いずれもその意味を取ったものである。ただ「アマツヒツギ」を天日嗣と書けば、訓も義も通じる。上代の名づけの意味は、このようにいい加減でなかった。ああ、誰が文字以前にまだ道がなかったなどと言うのか。)それ以来、天の日の後継ぎは、代々神器を奉じて万民に君臨し、多くの神々の子孫もみなその職を世襲して、皇室を助け支えました。これはまことに我が国の基礎を築いた大きな要点です。ああ、天祖と天孫が統を伝え業を創めたことは、高く大きいことです。皇位の栄えが天地とともに窮まりないのは、どうして偶然でしょうか。
解説
この章句が説くこと
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六韜・王翼武王 太公に問ひて曰く、「王者 師を帥ゐるには、必ず股肱羽翼ありて以て威神を成す。之を為すこと柰何」と。太公曰く、「凡そ兵を挙げ師を帥ゐるは、将を以て命と為す。命は通達に在り、一術を守らず。能に因りて職を受け、各々長ずる所を取り、時に随ひて変化し、以て綱紀と為す。故に将に股肱羽翼七十二人あり、以て天道に応ず。数を備ふること法の如くし、命理を審らかに知る。殊能異技あらば、万事畢はれり」と。武王曰く、「請ふ、其の目を問はん」と。太公曰く、「腹心一人、潜謀もて卒かなるに応じ、消変を揆り、計謀を揔攬し、民命を保全するを主る。謀士五人、安危を図り、未だ萌さざるを慮り、行能を論じ、賞罰を明らかにし、官位を授け、嫌疑を決し、可否を定むるを主る。天文三人、星暦を司り、風気を候ひ、時日を推し、符験を考へ、災異を校べ、人心去就の機を知るを主る。地利三人、三軍行止の形勢、利害消息、遠近険易、水涸山阻を主り、地の利を失はず。兵法九人、異同を講論し、行事の成敗を論じ、兵器を簡練し、非法を刺挙するを主る。通糧四人、飲食・蓄積を度り、糧道を通じ、五穀を致し、三軍をして困乏せざらしむるを主る。奮威四人、材力を択び、兵革を論じ、風馳電撃して由る所を知らざらしむるを主る。伏鼓旗三人、鼓旗を伏せ、耳目を明らかにし、符節を詭り、号令を謬らせ、闇忽として往来し、出入すること神の若くするを主る。股肱四人、重きに任じ難きを持し、溝塹を修め、壁塁を治め、以て守禦に備ふるを主る。通材三人、遺を拾ひ過ちを補ひ、賓客に応偶し、論議談語し、患ひを消し結ぼれを解くを主る。権士三人、奇譎を行ひ、殊異を設け、人の識る所に非ざる、窮まりなきの変を行ふを主る。耳目七人、往来して言を聴き変を視、四方の事、軍中の情を覧るを主る。爪牙五人、威武を揚げ、三軍を激励し、難を冒して鋭を攻めしめ、疑慮する所なからしむるを主る。羽翼四人、名誉を揚げ、遠方を震はせ、四境を揺動して以て敵の心を弱むるを主る。遊士八人、姦を伺ひ変を候ひ、人情を開闔し、敵の意を観て、以て間諜と為すを主る。術士二人、譎詐を為し、鬼神に依託して以て衆心を惑はすを主る。方士二人、百薬を主り、以て金瘡を治し、以て万病を痊やす。法算二人、三軍の営壁・糧食・財用の出入を計会するを主る」と。
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