弘道館記述義 / 総説・道とは何か 総説の冒頭
弘道者何。人能弘道也。道者何。天地之大經。而生民不可須臾離者也。臣彪謹案。上古世質人朴。未有書契。所謂道者亦寞然靡聞焉。然則道固不原於上古乎。曰奚其然。當時特無其名耳。乃若其實則未始不原於天神焉。何以言之。夫父子君臣夫婦。人道之最大者。上古父子君臣夫婦之分。嚴乎一定。猶天尊而地卑焉。上令下從男唱女和。亦猶天施而地生。而萬物各遂其性焉。神代雖邈矣。古典所載。彰明較著不復容疑。所謂其實則原於天神者不其然乎。蓋道猶大路。人人遵大路而行。卒由踐履莫非斯路。則孰復知路之爲路。其路維一。無有他岐。則亦安命路以名之。爲(人)自天地以來斯道之外不復有(天)道。君臣上下。熙熙皐皐。遵之行之。絶無異端邪說間之。則斯道之無名不亦宜乎。及百濟貢吉師。始有儒敎。然儒之爲敎。尤重五典。所謂親義別序信者。皆我所固有。特資彼文物以推弘之。施諸我父子君臣。用諸我夫婦長幼朋友。則斯道純一者自若也。至於佛法西來則不然。其爲敎。先奉其三寶者。曰佛。曰法。曰僧。皆蠻夷之物。非神州所固有。於是斯道不得不設名以分於彼。理勢然也。故或稱神道(書紀用明紀神道字面始見於此)或稱古道(皇極紀)或稱上古聖王之迹(孝德紀)皆所以分於異邦之敎。後之談古者。不知徵於其實。而徒求於其名。名不可見。則曰上世未嘗有道。特不知道之純一乃所以無名也。詩曰天生蒸民。有物有則。蓋有天地則有天地之道。有人則有人之道。天神生民之本。天地萬物之始。然則生民之道。原於天地。而本於天神也亦明矣。我公夙潛心於古典。其於道之原本。默識意會。乃一筆斷之。曰天地之大經。而生民不可須臾離者。嗚呼亦至矣。弘道之館何爲而設也。恭惟上古神聖。立極垂統。臣彪謹案。天神地祇。見於古史。列於祀典者。不可勝數。
新字:弘道者何。人能弘道也。道者何。天地之大経。而生民不可須臾離者也。臣彪謹案。上古世質人朴。未有書契。所謂道者亦寞然靡聞焉。然則道固不原於上古乎。曰奚其然。当時特無其名耳。乃若其実則未始不原於天神焉。何以言之。夫父子君臣夫婦。人道之最大者。上古父子君臣夫婦之分。厳乎一定。猶天尊而地卑焉。上令下従男唱女和。亦猶天施而地生。而万物各遂其性焉。神代雖邈矣。古典所載。彰明較著不復容疑。所謂其実則原於天神者不其然乎。蓋道猶大路。人人遵大路而行。卒由践履莫非斯路。則孰復知路之為路。其路維一。無有他岐。則亦安命路以名之。為(人)自天地以来斯道之外不復有(天)道。君臣上下。熙熙皐皐。遵之行之。絶無異端邪説間之。則斯道之無名不亦宜乎。及百済貢吉師。始有儒教。然儒之為教。尤重五典。所謂親義別序信者。皆我所固有。特資彼文物以推弘之。施諸我父子君臣。用諸我夫婦長幼朋友。則斯道純一者自若也。至於仏法西来則不然。其為教。先奉其三宝者。曰仏。曰法。曰僧。皆蠻夷之物。非神州所固有。於是斯道不得不設名以分於彼。理勢然也。故或称神道(書紀用明紀神道字面始見於此)或称古道(皇極紀)或称上古聖王之迹(孝徳紀)皆所以分於異邦之教。後之談古者。不知徴於其実。而徒求於其名。名不可見。則曰上世未嘗有道。特不知道之純一乃所以無名也。詩曰天生蒸民。有物有則。蓋有天地則有天地之道。有人則有人之道。天神生民之本。天地万物之始。然則生民之道。原於天地。而本於天神也亦明矣。我公夙潜心於古典。其於道之原本。黙識意会。乃一筆断之。曰天地之大経。而生民不可須臾離者。嗚呼亦至矣。弘道之館何為而設也。恭惟上古神聖。立極垂統。臣彪謹案。天神地祇。見於古史。列於祀典者。不可勝数。
書き下し
弘道とは何ぞ。人能く道を弘むるなり。道とは何ぞ。天地の大経にして、生民須臾も離るべからざる者なり。臣彪謹んで案ずるに、上古は世質に人朴にして、未だ書契有らず。所謂道なる者も亦た寞然として聞くこと靡し。然らば則ち道は固より上古に原づかざるか。曰く、奚ぞ其れ然らん。当時特だ其の名無きのみ。乃ち其の実の若きは則ち未だ始めより天神に原づかずんばあらず。何を以て之を言ふ。夫れ父子君臣夫婦は、人道の最も大なる者なり。上古、父子君臣夫婦の分、厳として一定なること、猶ほ天尊く地卑きがごとし。上令し下従ひ、男唱へ女和すること、亦た猶ほ天施し地生じて、万物各〻其の性を遂ぐるがごとし。神代邈かなりと雖も、古典の載する所、彰明較著にして復た疑ひを容れず。所謂其の実は則ち天神に原づくとは、其れ然らずや。蓋し道は猶ほ大路のごとし。人人大路を遵ひて行き、卒に践履するに斯の路に非ざる莫ければ、則ち孰か復た路の路為るを知らん。其の路維れ一にして、他岐有ること無ければ、則ち亦た安くんぞ路に命じて以て名づけん。天地自り以来、斯の道の外に復た道有らず。君臣上下、熙熙皐皐として、之を遵ひ之を行ひ、絶えて異端邪説の之に間たる無し。則ち斯の道の名無きは亦た宜ならずや。百済、吉師を貢するに及びて、始めて儒教有り。然れども儒の教たる、尤も五典を重んず。所謂親義別序信なる者は、皆我が固有する所なり。特だ彼の文物を資りて以て之を推弘し、諸を我が父子君臣に施し、我が夫婦長幼朋友に用ふれば、則ち斯の道の純一なること自若たり。仏法の西来するに至りては則ち然らず。其の教たる、先づ其の三宝を奉ず。曰く仏、曰く法、曰く僧。皆蛮夷の物にして、神州の固有する所に非ず。是に於て斯の道、名を設けて以て彼に分たざるを得ず。理勢然るなり。故に或いは神道と称し(書紀、用明紀の神道の字面、始めて此に見ゆ)、或いは古道と称し(皇極紀)、或いは上古聖王の迹と称す(孝徳紀)。皆異邦の教に分かつ所以なり。後の古を談ずる者、徴を其の実に求むるを知らず、徒だ其の名に求む。名見るべからざれば、則ち曰く上世未だ嘗て道有らず、と。特だ道の純一なることの乃ち名無き所以なるを知らざるのみ。詩に曰く、天蒸民を生ず、物有れば則有り、と。蓋し天地有れば則ち天地の道有り、人有れば則ち人の道有り。天神は生民の本、天地万物の始めなり。然らば則ち生民の道は、天地に原づき、天神に本づくこと、亦た明らかなり。我が公夙に心を古典に潜め、其の道の原本に於て、黙識意会し、乃ち一筆に之を断じて曰く、天地の大経にして、生民須臾も離るべからざる者、と。嗚呼亦た至れり。弘道の館何為れぞ設くるや。恭しく惟みるに上古の神聖、極を立て統を垂る。臣彪謹んで案ずるに、天神地祇、古史に見え、祀典に列する者、勝げて数ふべからず。
現代語訳
「弘道」とは何でしょうか。人がよく道を広めることです。では「道」とは何でしょうか。天地の大きな筋道であり、人々が少しの間も離れてはならないものです。臣の彪が謹んで考えますに、上古は世の中が素朴で人も飾り気がなく、まだ文字がありませんでした。いわゆる道というものも、ひっそりとして耳にすることがありません。それなら、道はもともと上古に由来しないのでしょうか。いいえ、どうしてそうでしょう。当時はただその名がなかっただけです。その実質については、もとより天の神に由来しないものはありません。なぜそう言えるのか。父子・君臣・夫婦は、人の道のなかで最も大きなものです。上古において、父子・君臣・夫婦の分は厳として定まっており、それは天が尊く地が低いのと同じでした。上の者が命じ下の者が従い、男が唱え女が和するのも、天が与え地が生んで、万物がそれぞれの性を全うするのと同じです。神代は遠いとはいえ、古典に記されているところは明らかで、もはや疑う余地がありません。実質は天の神に由来するというのは、そのとおりではないでしょうか。思うに道は大きな道路のようなものです。人々が皆その大路に従って歩き、ついに実践するのがこの道ばかりであれば、誰がそれを道と知るでしょうか。その道はただ一つで、別の岐路がなければ、どうして道に名をつけたりするでしょう。天地が始まってこのかた、この道のほかに別の道はありませんでした。君臣上下はのびのびと和やかに、これに従いこれを行い、異端邪説がまじることが全くありませんでした。それなら、この道に名がないのも当然ではないでしょうか。百済が吉師(王仁)を貢上してから、初めて儒教が入りました。しかし儒教は、五つの徳目を最も重んじます。いわゆる親・義・別・序・信は、みな我が国がもともと持っているものです。ただ彼の国の文物を借りてこれを推し広め、我が国の父子・君臣に施し、夫婦・長幼・朋友に用いたので、この道の純一さはそのままでした。仏法が西から伝わるに至っては、そうではありません。その教えは、まず三宝を奉じます。仏・法・僧といい、みな異国の物で、我が国にもとからあるものではありません。そこでこの道は、名をつけて彼と区別せざるを得なくなりました。道理と時勢がそうさせたのです。それで、あるいは神道と称し(『日本書紀』用明紀の「神道」の字面がここで初めて見える)、あるいは古道と称し(皇極紀)、あるいは上古聖王の迹と称しました(孝徳紀)。みな異国の教えと区別するためです。後世に古を語る者は、その実質に証拠を求めることを知らず、ただ名を求めます。名が見つからないと、上代にはまだ道がなかったと言います。ただ、道が純一であるからこそ名がなかったのだということを知らないだけです。『詩経』に「天は民を生み、物があれば則がある」といいます。思うに天地があれば天地の道があり、人がいれば人の道があります。天の神は民を生んだ根本であり、天地万物の始まりです。それなら、民の道が天地に由来し、天の神に基づくことも明らかです。我が公(烈公)は早くから心を古典に潜め、道の根本について、黙って悟り心で会得し、そこで一筆でこれを断じて言いました。「天地の大経であり、生民が須臾も離れてはならないもの」と。ああ、実に見事です。それでは、弘道の館はなぜ設けられたのでしょうか。つつしんで思うに、上古の神聖は、基準を立て、伝統を後世に伝えました。臣の彪が謹んで考えますに、天神地祇は、古い史書に見え、祭祀の記録に列せられているものが、数えきれないほどあります。
解説
この章句が説くこと
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