弘道館記述義 / 神豈得已哉・神道と儒教を共に生かす立場
德澤浹洽武備充足。而制度典章或有所闕。及資儒敎以培之。名數節目燦然大備。所謂斯道之所以益大且明不偶然者。正謂此也。司馬遷又稱曰。孔子布衣傳十餘世學者宗之。今也距遷之世殆二千年。而孔子之裔。歴世相承不絕其祀。蓋宇宙間一姓綿綿。亘千萬世而自若者。上之有天日嗣。内之有明神之後。外之獨有孔氏之裔。不亦偉乎。而近世唱古學者。或謂佛氏說因果。儒者談天命。佛氏之害儒者能排之。儒者之妄世未辯之。乃極口罵儒。同仁義於法律。比舜禹於莽操。曰人欲亦天理。曰天命者飾簒奪之具。嗚呼使神州之道與西土之敎。相反如氷炭之異類則可也。苟使其相通如華實之一氣。則其排儒敎乃所以小斯道。而况忠孝仁義之實。天地以來生民所固有乎。蓋古學者流。徒認俗儒曲學之說。以爲聖賢之道。則其意亦有可恕者。而罵俗儒曲學。併廢周孔之敎。是懲噎而廢食也。豈不謬哉。我公有憂於此。旣祀上古佐命之神。以明斯道之所由來。又營聖人之廟。以欽斯道之所以益大且明。可謂至矣。
新字:徳沢浹洽武備充足。而制度典章或有所闕。及資儒教以培之。名数節目燦然大備。所謂斯道之所以益大且明不偶然者。正謂此也。司馬遷又称曰。孔子布衣伝十余世学者宗之。今也距遷之世殆二千年。而孔子之裔。歴世相承不絶其祀。蓋宇宙間一姓綿綿。亘千万世而自若者。上之有天日嗣。内之有明神之後。外之独有孔氏之裔。不亦偉乎。而近世唱古学者。或謂仏氏説因果。儒者談天命。仏氏之害儒者能排之。儒者之妄世未弁之。乃極口罵儒。同仁義於法律。比舜禹於莽操。曰人欲亦天理。曰天命者飾簒奪之具。嗚呼使神州之道与西土之教。相反如氷炭之異類則可也。苟使其相通如華実之一気。則其排儒教乃所以小斯道。而況忠孝仁義之実。天地以来生民所固有乎。蓋古学者流。徒認俗儒曲学之説。以為聖賢之道。則其意亦有可恕者。而罵俗儒曲学。併廃周孔之教。是懲噎而廃食也。豈不謬哉。我公有憂於此。既祀上古佐命之神。以明斯道之所由来。又営聖人之廟。以欽斯道之所以益大且明。可謂至矣。
書き下し
徳沢浹洽し武備充足す。而れども制度典章は或いは闕くる所有り。儒教を資りて以て之を培ふに及び、名数節目燦然として大いに備はる。所謂斯の道の益ます大に且つ明らかなる所以の偶然ならざるは、正に此れを謂ふなり。司馬遷又称して曰く、孔子は布衣にして十余世伝へ、学者之を宗とすと。今や遷の世を距つること殆ど二千年、而して孔子の裔は歴世相承けて其の祀を絶たず。蓋し宇宙の間、一姓綿綿として千万世に亘りて自若たる者は、上は天日嗣有り、内は明神の後有り、外は独り孔氏の裔有るのみ。亦偉ならずや。而るに近世の古学を唱ふる者、或いは謂ふ、仏氏は因果を説き、儒者は天命を談ず、仏氏の害は儒者能く之を排するも、儒者の妄は世未だ之を弁ぜずと。乃ち極口に儒を罵り、仁義を法律に同じくし、舜禹を莽操に比し、曰く、人欲も亦天理なり、曰く、天命とは簒奪を飾るの具なりと。嗚呼、神州の道と西土の教へとをして、相反すること氷炭の異類の如くならしむれば則ち可なり。苟くも其れをして相通ずること華実の一気の如くならしめば、則ち其の儒教を排するは乃ち斯の道を小とする所以なり。而るを況んや忠孝仁義の実は、天地以来生民の固有する所をや。蓋し古学者の流は、徒に俗儒曲学の説を認めて以て聖賢の道と為す。則ち其の意は亦恕すべき者有り。而れども俗儒曲学を罵りて併せて周孔の教へを廃するは、是れ噎ぶに懲りて食を廃するなり。豈に謬らずや。我が公此に憂ふる有り。既に上古佐命の神を祀りて以て斯の道の由りて来る所を明らかにし、又聖人の廟を営みて以て斯の道の益ます大に且つ明らかなる所以を欽ぶ。至れりと謂ふべし。
現代語訳
恵みと徳はあまねく行き渡り、武備は充実していました。しかし制度や典章(法令や儀式の定め)には欠けたところがありました。儒教を取り入れてこれを補い育てるに及び、名称や数、細目が見事に整いました。「この道がますます大きく明らかになったのは偶然ではない」というのは、まさにこのことを言うのです。司馬遷はまた、「孔子は無位の庶民でありながら、十数世代にわたって伝えられ、学者たちはこれを宗としている」と言いました。今は司馬遷の世から二千年近くを経て、孔子の子孫は代々相承け、その祭祀を絶やしていません。思うに、この世界で一つの家系が千万世にわたって連綿と続き、変わらずにあるものは、上には天皇の皇統があり、国内には神々の子孫(神官などの家)があり、外国ではただ孔子の子孫だけです。偉大ではありませんか。 ところが近ごろ古学を唱える人々の中に、こう言う者がいます。「仏教は因果を説き、儒者は天命を語る。仏教の害は儒者がよく排してきたが、儒者の妄説は世間がまだ明らかにしていない」と。そして口を極めて儒者をののしり、仁義を法律と同じものにして、舜や禹を王莽や曹操になぞらえ、「人欲もまた天理である」「天命とは簒奪を飾る道具である」と言います。ああ、わが国の道と中国の教えとが、氷と炭のように相反する異類であるなら、それでもよいでしょう。しかし、花と実が同じ一つの気から生じるように、互いに通じ合うものであるなら、儒教を排斥することは、この道を小さくすることになります。まして忠孝仁義の実質は、天地開闢以来、民が本来備えているものです。思うに古学者の流れは、ただ俗儒や曲学(歪んだ学問)の説を認めて、それを聖賢の道だと考えているのです。その気持ちには許せる点もあります。しかし、俗儒や曲学をののしりながら、周公・孔子の教えまで併せて廃するのは、食べ物でむせたのに懲りて食事をやめるようなもので、誤りではありませんか。わが公(斉昭)はこのことを憂えておられました。すでに上古の天皇を助けた神を祀って、この道の由来を明らかにし、さらに聖人の廟を営んで、この道がますます大きく明らかになった理由を敬われました。まことに行き届いたことと言うべきです。
解説
この章句が説くこと
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