弘道館記述義 / 神州之道・神州の道を損ねた四つの弊害
奉神州之道。資西土之敎。臣彪謹案。斯道湮晦旣久。而儒敎支離非又一日。則所以奉之資之者。不可不審思而明辨焉。夫神州之道。浮屠奪之俗儒壞之。神道者流小之。古學者流殆明之又從而晦之。何以言之。敬神重祭斯道之尤大者。而浮屠設本地垂跡之說。擧天下神祇隸諸胡鬼之末流。所在神宮創立伽藍。神佛並祀。祠官僧徒比隣雜處。甚則陽神陰佛唯僧主之。乃至朝廷典禮。往往用浮屠之法。遂擧喪祭大事。一切委諸髠首。是浮屠奪之也。上世未有文字。斯道或傳於言語歌詞。或存於風俗政敎。或寓於氏族官職。名物制度之中。及其筆諸書。愼存其舊。猶恐失其眞。而操觚之士。徒眩西土之文。慊古風之質。一意慕倣捨此從彼。雖以書紀體例之嚴。而較諸稗田阿禮所誦。則就華失實者未必無之。書紀猶且然。其他復何說。是俗儒壞之也。及至後世浮華日長異端益熾。凡其曰敎曰法。非儒則佛。古道所寓不過禱祀祓除之事。於是好事者剽竊儒佛附會五行。別標立門戶。名曰神道。夫神者人之所本。而其道所謂生民不可須臾離者。豈巫覡所可得而私哉。而方伎之流往往託其名以爲餬口之具。是神道者流小之也。近世唱古學者。錯綜古言網羅舊事。考證之力可謂勤矣。
新字:奉神州之道。資西土之教。臣彪謹案。斯道湮晦既久。而儒教支離非又一日。則所以奉之資之者。不可不審思而明弁焉。夫神州之道。浮屠奪之俗儒壊之。神道者流小之。古学者流殆明之又従而晦之。何以言之。敬神重祭斯道之尤大者。而浮屠設本地垂跡之説。挙天下神祇隸諸胡鬼之末流。所在神宮創立伽藍。神仏並祀。祠官僧徒比隣雑処。甚則陽神陰仏唯僧主之。乃至朝廷典礼。往往用浮屠之法。遂挙喪祭大事。一切委諸髠首。是浮屠奪之也。上世未有文字。斯道或伝於言語歌詞。或存於風俗政教。或寓於氏族官職。名物制度之中。及其筆諸書。慎存其旧。猶恐失其真。而操觚之士。徒眩西土之文。慊古風之質。一意慕倣捨此従彼。雖以書紀体例之厳。而較諸稗田阿礼所誦。則就華失実者未必無之。書紀猶且然。其他復何説。是俗儒壊之也。及至後世浮華日長異端益熾。凡其曰教曰法。非儒則仏。古道所寓不過祷祀祓除之事。於是好事者剽窃儒仏附会五行。別標立門戸。名曰神道。夫神者人之所本。而其道所謂生民不可須臾離者。豈巫覡所可得而私哉。而方伎之流往往託其名以為餬口之具。是神道者流小之也。近世唱古学者。錯綜古言網羅旧事。考証之力可謂勤矣。
書き下し
神州の道を奉じ、西土の教へを資る。臣彪謹んで案ずるに、斯の道湮晦すること既に久しく、而して儒教の支離すること又一日に非ず。則ち之を奉じ之に資る所以の者は、審思して明弁せざるべからず。夫れ神州の道は、浮屠之を奪ひ、俗儒之を壊り、神道者流之を小とし、古学者流殆ど之を明らかにして又従ひて之を晦くす。何を以て之を言ふ。神を敬ひ祭を重んずるは、斯の道の尤も大なる者なり。而るに浮屠は本地垂跡の説を設け、天下の神祇を挙げて胡鬼の末流に隷せしむ。所在の神宮に伽藍を創立し、神仏並び祀る。祠官僧徒比隣雑処し、甚だしきは則ち陽は神にして陰は仏、唯僧のみ之に主たり。乃ち朝廷の典礼に至るまで、往往浮屠の法を用ひ、遂に喪祭の大事を挙げて一切髠首に委ぬ。是れ浮屠之を奪ふなり。上世未だ文字有らず、斯の道は或いは言語歌詞に伝はり、或いは風俗政教に存し、或いは氏族官職、名物制度の中に寓す。其の筆して書に著すに及び、慎みて其の旧を存すすら、猶ほ其の真を失はんことを恐る。而るに操觚の士は、徒に西土の文に眩み、古風の質に慊らず、一意に慕ひ倣ひ此を捨てて彼に従ふ。書紀の体例の厳なるを以てすと雖も、稗田阿礼の誦する所に較ぶれば、則ち華に就きて実を失ふ者は未だ必ずしも無くんばあらず。書紀すら猶ほ且つ然り、其の他復た何をか説かん。是れ俗儒之を壊るなり。後世に及び浮華日に長じ異端益ます熾んなり。凡そ其の教と曰ひ法と曰ふは、儒に非ざれば則ち仏。古道の寓する所は禱祀祓除の事に過ぎず。是に於いて好事者、儒仏を剽窃し五行を附会し、別に門戸を標立して名づけて神道と曰ふ。夫れ神とは人の本とする所にして、其の道は所謂生民須臾も離るべからざる者、豈に巫覡の得て私にすべき所ならんや。而るに方伎の流は往往其の名に託して以て餬口の具と為す。是れ神道者流之を小とするなり。近世古学を唱ふる者は、古言を錯綜し旧事を網羅す。考証の力、勤めたりと謂ふべし。
現代語訳
「神州(日本)の道を奉じ、西土(中国)の教えに学ぶ」についてです。臣の彪が謹んで考えます。この道が埋もれて暗くなってから既に久しく、儒教がばらばらに分かれたのも昨日今日のことではありません。ですから、これを奉じ、これに学ぶには、よく考えて明らかに弁えなければなりません。神州の道は、仏教がこれを奪い、俗儒(世俗の儒者)がこれを壊し、神道の徒がこれを小さくし、古学の徒はほとんどこれを明らかにしながら、同時にこれを暗くしました。なぜそう言うのか。神を敬い祭りを重んじることは、この道の最も大きなことです。ところが仏教は本地垂迹の説を作り、天下の神々をすべて外国(胡)の鬼神の末流の下に従わせました。各地の神宮に寺院を建て、神と仏を並べて祀り、神官と僧が隣り合って雑居し、ひどい場合は表向きは神で内実は仏で、僧だけが祭祀の主になりました。朝廷の典礼にまで、しばしば仏教の方法が用いられ、ついに葬儀や祭祀という大事を、すべて剃髪の僧に任せるようになりました。これが仏教がこの道を奪ったということです。 上古にはまだ文字がなく、この道は、言葉や歌に伝わり、風俗や政治教化に残り、氏族や官職、物の名や制度の中に宿っていました。それを筆に写して書物に著すに及んでも、慎重にその旧態を保ってさえ、なお真を失うのではないかと恐れるものです。ところが筆を執る文人たちは、ただ中国の文章に目がくらみ、古風の質朴さに満足せず、ひたすら慕って真似し、こちらを捨てて向こうに従いました。『日本書紀』は体裁の厳格なものですが、稗田阿礼が誦んだところ(『古事記』の伝承)と比べれば、華やかさに就いて実を失ったところが無いとは限りません。『書紀』でさえそうなのですから、他は言うまでもありません。これが俗儒がこの道を壊したということです。 後世になると、浮ついた華やかさが日々に増し、異端がますます盛んになりました。教えと言い法と言うものは、儒教でなければ仏教でした。古い道が残るところは、祈祷や祭祀、祓い清めの事にすぎなくなりました。そこで物好きな者たちが、儒教と仏教を盗用し、五行説をこじつけて、別に一派を立てて「神道」と名づけました。神とは人の根本とするものであり、その道は人民が一時も離れることのできないものです。どうして巫女や祈祷師が私物にしてよいものでしょうか。それなのに、まじない師の類は、しばしばその名に頼って生計の手段としました。これが神道の徒がこの道を小さくしたということです。近世に古学を唱える者は、古い言葉を整理し、昔の事跡を網羅しました。考証の力は、勤勉だったと言うべきです。
解説
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