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近思録 / 巻14 観聖賢

問之、云:「與自家意思一般。」張子厚聞生皇子、喜甚。見餓莩者、食便不美。伯淳嘗與子厚在興國寺講論終日、而曰不知舊日曾有甚人於此處講此事。謝顯道云:明道先生坐如泥塑人、接人則渾是一團和氣。侯師聖云:「朱公掞見明道於汝、歸謂人曰:『光庭在春風中坐了一箇月。』」游楊初見伊川、伊川瞑目而坐。二子侍立。既覺、顧謂曰:「賢輩尚在此乎?日既晚、且休矣。」及出門、門外之雪深一尺。

新字:問之、云:「与自家意思一般。」張子厚聞生皇子、喜甚。見餓莩者、食便不美。伯淳嘗与子厚在興国寺講論終日、而曰不知旧日曽有甚人於此処講此事。謝顕道云:明道先生坐如泥塑人、接人則渾是一団和気。侯師聖云:「朱公掞見明道於汝、帰謂人曰:『光庭在春風中坐了一箇月。』」游楊初見伊川、伊川瞑目而坐。二子侍立。既覚、顧謂曰:「賢輩尚在此乎?日既晩、且休矣。」及出門、門外之雪深一尺。

書き下し

之を問えば、云う、「自家の意思と一般なり」と。張子厚は皇子を生むを聞きて、喜ぶこと甚だし。餓莩(がひょう)の者を見ては、食便ち美からず。伯淳嘗て子厚と興国寺に在りて講論すること終日、而して曰く、知らず旧日曾て甚人の此の処に於いて此の事を講ずる有りしや。謝顕道云う、明道先生は坐すること泥塑の人の如く、人に接すれば則ち渾て是れ一団の和気なり。侯師聖云う、「朱公掞(しゅこうせん)明道に汝に見え、帰りて人に謂いて曰く、『光庭春風の中に在りて坐すること一箇月なり』と。」游楊初めて伊川に見ゆ、伊川目を瞑りて坐す。二子侍立す。既に覚めて、顧みて謂いて曰く、「賢輩尚お此に在るか。日既に晩し、且く休めよ。」門を出づるに及べば、門外の雪深さ一尺なり。

現代語訳

(周敦頤が窓の前の草を刈らない)わけを尋ねると、「自分の思いと同じだからだ」と言った。張載(子厚)は皇子が生まれたと聞いて、たいへん喜んだ。飢え死にした人を見ると、食事がおいしく感じられなかった。程顥(伯淳)がかつて張載と興国寺で一日じゅう講論したとき、「昔この場所で、こういうことを論じた人がいたのだろうか」と言った。謝良佐(謝顕道、程門の弟子)は言う。程顥先生は座っているときは泥で作った人形のようであったが、人に接するとまるごと一つの和やかな気であった。侯仲良(侯師聖、程門の弟子)は言う。「朱光庭(朱公掞、程顥の弟子)は汝州で程顥に会い、帰って人に言った。『私は春風の中に一か月座っていた』と。」游酢(ゆうさく)と楊時(ようじ)が初めて程頤に会ったとき、程頤は目を閉じて座っていた。二人はそばに立って待った。程頤は目を覚ますと、振り返って言った。「君たちはまだここにいたのか。日も暮れたから、ひとまず休みなさい。」二人が門を出ると、門の外の雪は一尺も積もっていた。

解説

北宋の道学者たちの逸話が並ぶ条で、近思録の中でも印象深い場面が集まっている。周敦頤は窓前の草を刈らず、生きようとする草の思いは自分と同じだと言った。張載は皇子誕生を喜び、飢えた人を見ると食事が進まなかった。程顥は座れば泥人形のように静かで、人に接すれば一団の和気であり、弟子の朱光庭は春風の中に一か月座っていたと語った。最後は、楊時と游酢が目を閉じた程頤のそばに立ち続け、門を出ると雪が一尺積もっていたという程門立雪の故事である。師を敬う姿勢を示す成語として今も使われる。人の器は講義の内容より、こうした振る舞いの記憶として伝わる。

この章句が説くこと

聖賢和気程門立雪仁春風

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