近思録 / 巻14 観聖賢
劉安禮云:明道先生德性充完。粹和之氣、盎於面背。樂易多恕、終日怡悅。立之從先生三十年、未嘗見其忿厲之容。
新字:劉安礼云:明道先生徳性充完。粋和之気、盎於面背。楽易多恕、終日怡悅。立之従先生三十年、未嘗見其忿厲之容。
書き下し
劉安礼云う、明道先生は徳性充完なり。粋和の気、面背に盎る。楽易にして恕多く、終日怡悦たり。立之、先生に従うこと三十年、未だ嘗てその忿厲の容を見ず。
現代語訳
劉安礼が言う。程顥先生は徳性が満ち足りていた。純粋で和やかな気が、顔にも背中にもあふれていた。楽しく穏やかで人を許すことが多く、一日じゅう和やかであった。私は先生に三十年従ったが、いまだかつてその怒り荒れた顔を見たことがない。
解説
近思録の締めくくり近くに置かれた、程顥の人物評である。証言者が「三十年従って、一度も怒った顔を見たことがない」と言うところに重みがある。一日や一年ではなく三十年、しかも身近に仕えた者の言葉だからだ。徳を論じてきた十四巻の最後に、こういう具体的な目撃証言が置かれているのが近思録の構成の妙である。理屈で語られた徳が、実際にどう見えるのか。顔にも背中にもあふれる和やかな気、という描写は、人格が身体に現れるという考え方を前提にしている。学問の成果は、最終的に人の表情に出る。
この章句が説くこと
徳性充完粋和の気面背に盎る忿厲の容を見ず観聖賢
関連する章句
-
『近思録』巻14 観聖賢周茂叔は胸中灑落にして、光風霽月の如し。その政を為すや、精密厳恕にして、務めて道理を尽くす。
-
『近思録』巻9 制度明道先生の行状に云う、先生、沢州晋城の令と為る。民、事を以て邑に至る者には、必ずこれに告ぐるに孝悌忠信を以てし、入りては父兄に事うる所以、出でては長上に事うる所以とす。郷村の遠近を度りて伍保と為し、これをして力役相い助け、患難相い恤ましめて、姦偽の容るる所無からしむ。凡そ孤煢残廃の者は、これを親戚郷党に責め、失う所無からしむ。行旅のその途に出づる者、疾病あれば皆な養う所有り。諸郷に皆な校有り。暇時に親しく至り、父老を召してこれと語る。児童の読む所の書、親しく為に句読を正す。教うる者善からざれば、則ち為に易置す。子弟の秀でたる者を択び、聚めてこれを教う。郷民を社会と為し、為に科条を立つ。善悪を旌別し、勧むる有り恥ずる有らしむ。
-
『近思録』巻10 政事劉安礼云う、王荊公政を執り、法を議し令を改む。言う者これを攻むること甚だ力む。明道先生嘗て旨を被りて中堂に赴き事を議す。荊公方に言う者に怒り、厲色してこれを待つ。先生徐ろに曰く、天下の事は一家の私議に非ず。願わくは公、気を平らかにして以て聴かれよ、と。荊公これが為に媿屈す。
-
『近思録』巻1 道体医書に「手足の痿痺を不仁と為す」と言う。この言、最も善く状を名づく。仁者は天地万物を以て一体と為し、己に非ざるは莫し。認め得て己と為さば、何の至らざる所あらん。もし諸れを己に有たざれば、自ら己と相い干せず。手足の不仁なるが如く、気すでに貫かざれば、皆な己に属せず。故に博く施し衆を済うは、乃ち聖の功用なり。仁は至って言い難し。故にただ「己立たんと欲して人を立て、己達せんと欲して人を達す。能く近く譬を取る、仁の方と謂うべきのみ」と曰う。
-
『近思録』巻10 政事明道先生曰く、一命の士、苟くも心を物を愛するに存せば、人に於て必ず済う所有り。
-
『近思録』巻1 道体明道先生曰く、天地の物を生ずる、各々足らざるの理無し。常に思う、天下の君臣・父子・兄弟・夫婦に、多少か分を尽くさざる処有るを。