近思録 / 巻12 警戒
鄭衛之音悲哀、令人意思留連、又生怠惰之意、從而致驕淫之心。雖珍玩奇貨、其始感人也、亦不如是切。從而生無限嗜好。故孔子曰:「必放之。」亦是聖人經歷過。但聖人能不爲物所移耳。孟子言反經、特於鄉原之後者、以鄉原大者不先立、心中初無主、惟是左右看、順人情、不欲違。一生如此。
新字:鄭衛之音悲哀、令人意思留連、又生怠惰之意、従而致驕淫之心。雖珍玩奇貨、其始感人也、亦不如是切。従而生無限嗜好。故孔子曰:「必放之。」亦是聖人経歴過。但聖人能不為物所移耳。孟子言反経、特於郷原之後者、以郷原大者不先立、心中初無主、惟是左右看、順人情、不欲違。一生如此。
書き下し
鄭衛の音は悲哀にして、人をして意思留連せしめ、又怠惰の意を生じ、従りて驕淫の心を致す。珍玩奇貨と雖も、其の始めて人を感ずるや、亦是くの如く切ならず。従りて無限の嗜好を生ず。故に孔子曰く、「必ず之を放て」と。亦是れ聖人経歴し過ぐ。但だ聖人は能く物の為に移されざるのみ。孟子の経に反るを言うは、特に郷原の後に於いてするは、郷原は大なる者先ず立たず、心中初めより主無く、惟だ是れ左右を看、人情に順い、違うを欲せざるを以てなり。一生此くの如し。
現代語訳
(張載の語の続き)鄭や衛の国の音楽は悲しげで、人の思いをぐずぐずと引き留め、さらに怠け心を生じさせ、そこから驕りとみだらな心をもたらす。珍しい玩具や奇異な品物であっても、最初に人を動かす力は、これほど切実ではない。そこから限りない嗜好が生まれる。だから孔子は「必ず鄭の音楽は退けよ」と言った。これも聖人が自ら経験したうえでの言葉である。ただ聖人は物によって心を移されないだけである。孟子が「常道に立ち返る」ことを、ことさら郷原(きょうげん、村で善人ぶって世に媚びる者)を論じた後で言ったのは、郷原は大本がまず立っておらず、心の中にもともと主がなく、ただ左右をうかがい、人情に従って、逆らおうとしないからである。一生そのようである。
解説
この章句が説くこと
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