近思録 / 巻12 警戒
「厲薰心」、謂不安之勢、薰爍其中也。大率以說而動、安有不失正者?男女有尊卑之序、夫婦有倡隨之理、此常理也。若徇情肆欲、唯說是動、男牽欲而失其剛、婦狃說而忘其順、則凶而無所利矣。雖舜之聖、且畏巧言令色。說之惑人易入而可懼也如此。治水、天下之大任也。非其至公之心、能捨己從人、盡天下之議、則不能成其功。豈方命圯族者所能乎?鯀雖九年而功弗成。然其所治、固非他人所及也。惟其功有叙、故其自任益強、咈戾圯類益甚。公議隔而人心離矣。是其惡益顯、而功卒不可成也。君子「敬以直內」。微生高所枉雖小、而害則大。人有慾則無剛、剛則不屈於慾。「人之過也、各於其類。」君子常失於厚、小人常失於薄。君子過於愛、小人傷於忍。
新字:「厲薫心」、謂不安之勢、薫爍其中也。大率以説而動、安有不失正者?男女有尊卑之序、夫婦有倡随之理、此常理也。若徇情肆欲、唯説是動、男牽欲而失其剛、婦狃説而忘其順、則凶而無所利矣。雖舜之聖、且畏巧言令色。説之惑人易入而可懼也如此。治水、天下之大任也。非其至公之心、能捨己従人、尽天下之議、則不能成其功。豈方命圯族者所能乎?鯀雖九年而功弗成。然其所治、固非他人所及也。惟其功有叙、故其自任益強、咈戻圯類益甚。公議隔而人心離矣。是其悪益顕、而功卒不可成也。君子「敬以直内」。微生高所枉雖小、而害則大。人有慾則無剛、剛則不屈於慾。「人之過也、各於其類。」君子常失於厚、小人常失於薄。君子過於愛、小人傷於忍。
書き下し
「厲うくして心を薫く」とは、不安の勢い、其の中を薫爍するを謂うなり。大率説(よろこ)びを以て動けば、安んぞ正を失わざる者有らんや。男女に尊卑の序有り、夫婦に倡随の理有り、此れ常理なり。若し情に徇い欲を肆にし、唯だ説びのみ是れ動けば、男は欲に牽かれて其の剛を失い、婦は説びに狃(な)れて其の順を忘る、則ち凶にして利する所無し。舜の聖なるを以てすら、且つ巧言令色を畏る。説びの人を惑わすこと入り易くして懼るべきこと此くの如し。水を治むるは、天下の大任なり。其の至公の心、能く己を捨てて人に従い、天下の議を尽くすに非ざれば、則ち其の功を成す能わず。豈に命に方(さか)らい族を圮(やぶ)る者の能くする所ならんや。鯀は九年にして功成らずと雖も、然れども其の治むる所は、固より他人の及ぶ所に非ず。惟だ其の功叙有るが故に、其の自ら任ずること益〻強く、咈戻して類を圮ること益〻甚だし。公議隔たりて人心離る。是れ其の悪益〻顕れて、功卒に成すべからざるなり。君子は「敬以て内を直くす」。微生高の枉ぐる所小なりと雖も、而も害は則ち大なり。人欲有れば則ち剛無く、剛なれば則ち欲に屈せず。「人の過ちや、各〻其の類に於いてす。」君子は常に厚きに失い、小人は常に薄きに失う。君子は愛に過ぎ、小人は忍に傷(そこ)なう。
現代語訳
(前の艮の卦の続き)「危うくて心を焼かれる」とは、不安の勢いがその心の中を焼きただらせることを言う。およそ喜びによって動けば、どうして正しさを失わない者があろうか。男女には尊卑の順序があり、夫婦には唱える者と従う者の道理がある。これは常の理である。もし感情に従い欲をほしいままにし、ただ喜びによってのみ動くならば、男は欲に引かれてその剛さを失い、婦は喜びに慣れてその従順さを忘れる。そうなれば凶であって、利するところはない。舜のような聖人でさえ、口先のうまさと取り繕った顔つきを恐れた。喜ばせることが人を惑わすのは、入り込みやすく、これほど恐るべきものである。水を治めることは天下の大任である。この上なく公正な心をもち、自分を捨てて人に従い、天下の議論を尽くすことができなければ、その功を成し遂げることはできない。どうして命令に逆らい一族を損なう者(鯀)にできようか。鯀(こん、禹の父で治水に失敗した人物)は九年かかっても功が成らなかったが、しかしその治めたところは、もともと他の人の及ぶところではなかった。ただ功績に順序だった成果があったために、自分で任じる気持ちがますます強くなり、逆らって仲間を損なうことがますますひどくなった。公の議論から隔たり、人心は離れた。こうしてその悪はますます明らかになり、功は結局成し遂げられなかったのである。君子は『易』に言う「敬によって内をまっすぐにする」。微生高(びせいこう、正直者と評された魯の人)が酢を借りに来た人に隣から借りてきて与えたように、曲げたことは小さくても、その害は大きい。人に欲があれば剛さはなく、剛であれば欲に屈しない。『論語』に「人の過ちは、それぞれその類による」とある。君子はいつも厚すぎることで過ち、小人はいつも薄すぎることで過つ。君子は愛しすぎ、小人は残忍さで損なう。
解説
この章句が説くこと
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