呻吟語 / 内篇・修身・人に笑容無きを恐る
滑稽談諧,言畢而左右顧,惟恐人無笑容,此所謂巧言令色者也。小人側媚皆此態耳。小子戒之。
書き下し
滑稽談諧して、言畢はりて左右を顧み、惟だ人に笑容無きを恐る。此れ所謂る巧言令色なる者なり。小人の側媚は皆な此の態なるのみ。小子之を戒めよ。
現代語訳
おどけて洒落を言い、言い終わってから左右を見回し、ただ人に笑顔が無いことを恐れる。これがいわゆる巧言令色です。小人の取り入り方は、みなこの様子です。若い者たちよ、これを戒めなさい。
解説
冗談を言った後に周りの顔色をうかがう仕草を、一点で捉えます。おどけること自体ではなく、笑ってもらえたかを確かめる動作が問題なのです。そこに取り入りの心が現れている。巧言令色という抽象語に、具体的な身振りを与えた鋭い観察です。小子之を戒めよ、という直接の呼びかけで終わるのも印象に残ります。取り入る心は、必ず小さな仕草になって出てくるのです。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
巧言令色追従仕草笑い観察
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