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武士訓 / 卷一・第9段

右のごとくかたことまじりにおぼえぬれども。辨舌さはやかに。立まはり見ぐるしからず。物ごとにたのもしだてをし。かしこゝの機嫌をとり。うはべよきやうにつくろふものあり。見たるところはあしからねども。內心に仁も義もなければ。事にのぞみて。心を變ずること。手をかへすがごとし。しかれども其期にのぞまぬうちは。見わけがたきものなり。杜陵が詩に。不分桃花紅勝錦。生憎柳絮白於綿と賦せり。其意は。桃花のくれなゐなるは。錦のいろにもまさりて見え。柳絮のしろきは。綿よりはこえて見ゆるがごとく。巧言令色は。質直朴素よりは。まさりたるやうにみゆれども。用に足ずして。害あるにたとえたり。

新字:右のごとくかたことまじりにおぼえぬれども。弁舌さはやかに。立まはり見ぐるしからず。物ごとにたのもしだてをし。かしこゝの機嫌をとり。うはべよきやうにつくろふものあり。見たるところはあしからねども。内心に仁も義もなければ。事にのぞみて。心を変ずること。手をかへすがごとし。しかれども其期にのぞまぬうちは。見わけがたきものなり。杜陵が詩に。不分桃花紅勝錦。生憎柳絮白於綿と賦せり。其意は。桃花のくれなゐなるは。錦のいろにもまさりて見え。柳絮のしろきは。綿よりはこえて見ゆるがごとく。巧言令色は。質直朴素よりは。まさりたるやうにみゆれども。用に足ずして。害あるにたとえたり。

書き下し

右のごとくかたことまじりにおぼえぬれども。辨舌さはやかに。立まはり見ぐるしからず。物ごとにたのもしだてをし。かしこゝの機嫌をとり。うはべよきやうにつくろふものあり。見たるところはあしからねども。內心に仁も義もなければ。事にのぞみて。心を變ずること。手をかへすがごとし。しかれども其期にのぞまぬうちは。見わけがたきものなり。杜陵が詩に。不分桃花紅勝錦。生憎柳絮白於綿と賦せり。其意は。桃花のくれなゐなるは。錦のいろにもまさりて見え。柳絮のしろきは。綿よりはこえて見ゆるがごとく。巧言令色は。質直朴素よりは。まさりたるやうにみゆれども。用に足ずして。害あるにたとえたり。

現代語訳

右のように片言まじりに覚えていても、弁舌がさわやかで、立ち居振る舞いが見苦しくなく、何事にも頼もしげにふるまい、あちこちの機嫌をとり、うわべをよく見せるようにつくろう者がいます。見たところは悪くありませんが、内心に仁も義もないので、いざという時には、手のひらを返すように心を変えます。けれどもその時になるまでは、見分けがたいものです。杜陵の詩に「桃花の紅が錦に勝るのが気に入らず、柳絮の白が綿より白いのが憎らしい」と詠んでいます。その意味は、桃花の紅は錦の色にもまさって見え、柳絮の白は綿よりも白く見えるように、巧みな言葉と愛想のよい顔つきは、質直で飾り気のないものよりまさっているように見えますが、役に立たず、害がある、とたとえたものです。

解説

前段のような拾い読みの学者に加え、弁舌がさわやかで愛想がよく、うわべを取りつくろう人についても述べる段です。見たところは悪くなくても、内心に仁も義もなければ、いざというとき手のひらを返すように変心し、その時が来るまでは見分けにくい、と警戒します。杜陵の詩の引用は、巧言令色は質朴より優れて見えるが役に立たず害がある、という喩えです。評価や採用の場面では、話の巧みさや感じのよさだけで人を判断しない、という注意になります。普段の言葉よりも、苦しい場面で何を選ぶかを見る目が要ります。自分自身のうわべにも向けたい戒めです。

この章句が説くこと

巧言令色質直うわべ見分け杜陵の詩武士訓

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