史記 / 酈生陸賈列伝
酈生食其者、陳留高陽人也。好讀書、家貧落魄。沛公至高陽傳舍、使人召酈生。酈生至、入謁、沛公方倨床使兩女子洗足、而見酈生。酈生入、則長揖不拜、曰、足下欲助秦攻諸侯乎、且欲率諸侯破秦也。沛公罵曰、豎儒、夫天下同苦秦久矣、故諸侯相率而攻秦、何謂助秦攻諸侯乎。酈生曰、必聚徒合義兵誅無道秦、不宜倨見長者。於是沛公輟洗、起攝衣、延酈生上坐、謝之。
新字:酈生食其者、陳留高陽人也。好読書、家貧落魄。沛公至高陽伝舎、使人召酈生。酈生至、入謁、沛公方倨床使両女子洗足、而見酈生。酈生入、則長揖不拝、曰、足下欲助秦攻諸侯乎、且欲率諸侯破秦也。沛公罵曰、豎儒、夫天下同苦秦久矣、故諸侯相率而攻秦、何謂助秦攻諸侯乎。酈生曰、必聚徒合義兵誅無道秦、不宜倨見長者。於是沛公輟洗、起摂衣、延酈生上坐、謝之。
書き下し
酈生食其は、陳留高陽の人なり。書を読むを好み、家貧しく落魄す。沛公高陽の伝舍に至り、人をして酈生を召さしむ。酈生至り、入りて謁す。沛公方に床に倨りて両女子をして足を洗はしめて、酈生を見る。酈生入るや、則ち長揖して拝せずして曰く、「足下秦を助けて諸侯を攻めんと欲するか、且つ諸侯を率ゐて秦を破らんと欲するか」と。沛公罵りて曰く、「豎儒、夫れ天下同じく秦に苦しむこと久し、故に諸侯相率ゐて秦を攻む、何ぞ秦を助けて諸侯を攻むと謂ふや」と。酈生曰く、「必ず徒を聚め義兵を合はせて無道の秦を誅せんとせば、宜しく倨りて長者を見るべからず」と。是に於いて沛公洗ふを輟め、起ちて衣を摂へ、酈生を延きて上坐せしめ、之を謝す。
現代語訳
「相手がどんな権力者でも、礼を欠いた態度には毅然と諫め、認めさせる」——弁士・酈食其(酈生)の気概と、それに応えた沛公(劉邦)の度量を描いた一段です。酈食其は、学問を好みながらも貧しく不遇な、いわゆる「高陽の酒徒」でした。沛公(劉邦)が高陽に来たとき、酈食其は面会を求めます。ところが、通されてみると、沛公は寝台に無造作に腰かけ、二人の侍女に足を洗わせながら、片手間に酈食其を引見するという、傲慢で無礼な態度でした。ここで酈食其は、へつらいませんでした。深く会釈はするものの、拝礼(臣下としての礼)はせず、いきなりこう問いただします。「あなたは、秦に味方して諸侯を攻めたいのですか。それとも、諸侯を率いて秦を破りたいのですか」と。沛公が「馬鹿な儒者め。天下はみな秦に苦しんできたから、諸侯が力を合わせて秦を攻めているのだ。なぜ秦に味方するなどと言うのか」と罵ると、酈食其は毅然と切り返します。「本気で人々を集め、義の軍を興して無道な秦を討とうとされるなら、そんな傲慢な態度で、(自分を助けに来た)目上の者(長者)を引見なさるべきではありません」と。この一言で、沛公は、はっと自分の非礼に気づきました。足を洗うのをやめ、立ち上がって衣を正し、酈食其を上座に案内して、丁重に詫びたのです。ここに、態度と信頼についての教訓があります。第一に、相手がどんな権力者・目上の者であっても、礼を欠いた不当な態度には、へつらわず毅然と諫めること。酈食其は、天下を狙う沛公の傲慢さに、追従せず、正面から「その態度では大事は成せない」と諫めた。相手の地位に萎縮して不当な扱いを受け入れるのではなく、筋を通して正すべきは正す。第二に、そして、そうした毅然とした態度こそが、かえって相手の敬意を勝ち取るということ。もし酈食其がへつらっていれば、沛公は彼を軽んじたでしょう。堂々と非礼を指摘したからこそ、沛公は彼を「ただ者ではない」と認め、丁重に遇した。第三に、諫められて素直に非を認め、態度を改めた沛公の度量。沛公は、無名の一儒者に非礼を指摘されて、怒るのではなく、すぐに自分の傲慢さを反省し、詫びた。この「誤りを素直に認め改める」度量が、彼が天下を取れた器の一端を示しています。組織や人生で、相手が権力者・目上であっても、礼を欠いた不当な態度には毅然と筋を通すこと、そしてその毅然さが敬意を勝ち取ること、また(リーダーの立場なら)諫められて素直に非を認め改める度量——酈食其と沛公の出会いは、態度と信頼の関係を教えます。