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近思録 / 巻9 制度

欲乞皇帝在宮中、言動服食、皆使經筵官知之。有翦桐之戲、則隨事箴規。違持養之方、則應時諫止。伊川先生看詳三學條制云:舊制公私試補、蓋無虛月。學校禮義相先之地、而月使之爭、殊非教養之道。請改試爲課。有所未至、則學官召而教之。更不考定高下。制尊賢堂以延天下道德之士。及置待賓吏師齋、立檢察士人行檢等法。又云:自元豐後設利誘之法、增國學解額至五百人。來者奔湊。捨父母之養、忘骨肉之愛。往來道路、旅寓他土。人心日偷、士風日薄。今欲量留一百人。餘四百人、分在州郡解額窄處。自然士人各安鄉土。養其孝愛之心、息其奔趨流浪之志。風俗亦當稍厚。又云:三舍升補之法、皆案文責迹。有司之事、非庠序育材論秀之道。蓋朝廷授法、必達乎下。長官守法而不得有爲。是以事成於下、而下得以制其上。此後世所以不治也。或曰:「長貳得人則善矣。或非其人、不若防閑詳密可循守也。」殊不知先王制法、待人而行。未聞立不得人之法也。苟長貳非人、不知教育之道、徒守虛文密法、果足以成人才乎?

新字:欲乞皇帝在宮中、言動服食、皆使経筵官知之。有翦桐之戯、則随事箴規。違持養之方、則応時諫止。伊川先生看詳三学条制云:旧制公私試補、蓋無虚月。学校礼義相先之地、而月使之争、殊非教養之道。請改試為課。有所未至、則学官召而教之。更不考定高下。制尊賢堂以延天下道徳之士。及置待賓吏師斎、立検察士人行検等法。又云:自元豊後設利誘之法、增国学解額至五百人。来者奔湊。捨父母之養、忘骨肉之愛。往来道路、旅寓他土。人心日偸、士風日薄。今欲量留一百人。余四百人、分在州郡解額窄処。自然士人各安郷土。養其孝愛之心、息其奔趨流浪之志。風俗亦当稍厚。又云:三舎升補之法、皆案文責迹。有司之事、非庠序育材論秀之道。蓋朝廷授法、必達乎下。長官守法而不得有為。是以事成於下、而下得以制其上。此後世所以不治也。或曰:「長貳得人則善矣。或非其人、不若防閑詳密可循守也。」殊不知先王制法、待人而行。未聞立不得人之法也。苟長貳非人、不知教育之道、徒守虚文密法、果足以成人才乎?

書き下し

乞ふらくは皇帝宮中に在りて、言動服食、皆経筵官をして之を知らしめんことを。翦桐の戯有れば、則ち事に随ひて箴規す。持養の方に違へば、則ち時に応じて諫止す。伊川先生三学の条制を看詳して云ふ、旧制は公私試補、蓋し虚月無し。学校は礼義相先んずるの地なるに、月に之をして争はしむ、殊に教養の道に非ず。請ふ試を改めて課と為さん。未だ至らざる所有れば、則ち学官召して之を教ふ。更に高下を考定せず。尊賢堂を制して以て天下の道徳の士を延く。及び待賓吏師斎を置き、士人の行検を検察する等の法を立つ。又云ふ、元豊より後利誘の法を設け、国学の解額を増して五百人に至る。来る者奔湊す。父母の養を捨て、骨肉の愛を忘る。道路を往来し、他土に旅寓す。人心日に偸く、士風日に薄し。今量りて一百人を留めんと欲す。余の四百人は、州郡の解額窄き処に分在せしむ。自然に士人各郷土に安んず。其の孝愛の心を養ひ、其の奔趨流浪の志を息めん。風俗も亦当に稍厚かるべし。又云ふ、三舎升補の法、皆文を案じ迹を責む。有司の事にして、庠序の材を育て秀を論ずるの道に非ず。蓋し朝廷法を授くるに、必ず下に達す。長官法を守りて為すこと有るを得ず。是を以て事下に成りて、下以て其の上を制するを得。此れ後世の治まらざる所以なり。或ひと曰く、「長貳人を得れば則ち善し。或は其の人に非ずんば、防閑詳密にして循守すべきに若かず」と。殊に知らず先王の法を制するは、人を待ちて行ふ。未だ人を得ざるの法を立つるを聞かざるなり。苟も長貳其の人に非ずんば、教育の道を知らず、徒らに虚文密法を守るとも、果して以て人才を成すに足らんや。

現代語訳

お願い申し上げたいのは、皇帝が宮中にあって、言葉や振る舞い、衣服や飲食のことを、すべて経筵の官に知らせるようにしていただくことである。桐の葉を切って戯れる(周の成王が桐の葉で弟を封じる遊びをした故事)ようなことがあれば、その事に即して戒め正す。身を保ち養う方法に背けば、その時に応じて諫め止める。伊川先生が三学(国子監・太学・四門学)の規則を詳しく検討して言う。旧来の制度では公試・私試・補試があり、試験のない月はほとんどない。学校は礼義をもって互いに譲り合う場であるのに、毎月争わせるのは、まったく教え養う道ではない。どうか試験を改めて課業にしていただきたい。まだ至らないところがあれば、学官が呼んで教える。高下の順位はもう定めない。尊賢堂を設けて天下の道徳ある士を招く。また待賓斎・吏師斎を置き、士人の行いを点検する法などを立てる。また言う。元豊年間(1078〜1085)以後、利で誘う法を設け、国学の解額(科挙の地方試験の合格枠)を五百人にまで増やした。来る者が殺到した。父母を養うことを捨て、肉親の情を忘れる。道を行き来し、他郷に仮住まいする。人の心は日に日に軽薄になり、士の気風は日に日に薄くなる。いま見計らって百人を残したい。残りの四百人は、州や郡で合格枠の狭いところに分けて置く。そうすればおのずと士人はそれぞれ郷土に安んじる。その孝行と親愛の心を養い、あちこち走り回り流浪する志をやめさせる。風俗もまた少しは厚くなるはずである。また言う。三舎法(太学の外舎・内舎・上舎の進級制度)の進級は、みな書類を調べ形跡を責めるものである。これは役人の仕事であって、学校が人材を育て秀でた者を論じる道ではない。思うに朝廷が法を授けると、必ず下にまで細かく及ぶ。長官は法を守るだけで何かを行うことができない。そのため事は下で決まり、下の者が上を制することになる。これが後世の治まらない原因である。ある人は言う。「長官や次官にふさわしい人を得ればよい。もしふさわしい人でなければ、細かな規制を設けて従い守らせるほうがよい」と。まったくわかっていない。先王が法を定めたのは、人を得て行うことを前提としている。人を得られないことを前提にした法を立てたとは聞いたことがない。もし長官や次官がふさわしくなく、教育の道を知らないなら、むなしい形式と細かな法を守ったところで、はたして人材を育てることができようか。

解説

前条の程頤の上疏の結びと、太学の規則を改める提案をまとめた条である。程頤は皇帝の日常の言動や飲食まで進講の官に知らせ、その場で戒めよと求める。後半は国子監の改革案で、毎月の試験で学生を争わせるのは教育ではないとして順位付けをやめ、至らない者は教官が呼んで教えよと言う。元豊以後に合格枠を増やして地方から学生が殺到し、親を捨て郷里を離れて風俗が薄くなったという指摘も具体的である。最も鋭いのは、細かな規則で縛ると長官は何もできず、実務は下で決まって下が上を制するという分析である。人を得ない前提の法は立てないという言葉は、規則を増やして管理者の裁量を奪いがちな今の組織への強い批判になっている。

この章句が説くこと

教養試験人材法度裁量

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