近思録 / 巻6 家道
此卷論齊家。蓋克己之功既至、則施之家而家可齊矣。伊川先生曰:弟子之職、力有餘則學文。不修其職而學、非爲己之學也。孟子曰:「事親若曾子可也。」未嘗以曾子之孝爲有餘也。蓋子之身所能爲者、皆所當爲也。幹母之蠱不可貞。子之於母、當以柔巽輔導之、使得於義。不順而致敗蠱、則子之罪也。從容將順、豈無道乎?若伸己剛陽之道、遽然矯拂則傷恩、所害大矣。亦安能入乎?在乎屈己下意、巽順相承。使之身正事治而已。剛陽之臣、事柔弱之君、義亦相近。蠱之九三、以陽處剛而不中、剛之過也。故小有悔。然在巽體不爲無順。順事親之本也。又居得正、故無大咎。然有小悔、已非善事親也。正倫理、篤恩義、家人之道也。人之處家、在骨肉父子之間、大率以情勝禮、以恩奪義。惟剛立之人、則能不以私愛失其正理。故家人卦大要以剛爲善。
新字:此巻論斉家。蓋克己之功既至、則施之家而家可斉矣。伊川先生曰:弟子之職、力有余則学文。不修其職而学、非為己之学也。孟子曰:「事親若曽子可也。」未嘗以曽子之孝為有余也。蓋子之身所能為者、皆所当為也。幹母之蠱不可貞。子之於母、当以柔巽輔導之、使得於義。不順而致敗蠱、則子之罪也。従容将順、豈無道乎?若伸己剛陽之道、遽然矯払則傷恩、所害大矣。亦安能入乎?在乎屈己下意、巽順相承。使之身正事治而已。剛陽之臣、事柔弱之君、義亦相近。蠱之九三、以陽処剛而不中、剛之過也。故小有悔。然在巽体不為無順。順事親之本也。又居得正、故無大咎。然有小悔、已非善事親也。正倫理、篤恩義、家人之道也。人之処家、在骨肉父子之間、大率以情勝礼、以恩奪義。惟剛立之人、則能不以私愛失其正理。故家人卦大要以剛為善。
書き下し
此の巻は斉家を論ず。蓋し克己の功既に至れば、則ち之を家に施して家斉ふべし。伊川先生曰く、弟子の職は、力余り有れば則ち文を学ぶ。其の職を修めずして学ぶは、己の為にするの学に非ざるなり。孟子曰く、「親に事ふること曾子の若くして可なり」と。未だ嘗て曾子の孝を以て余り有りと為さざるなり。蓋し子の身の能く為す所の者は、皆当に為すべき所なり。母の蠱を幹すは貞にすべからず。子の母に於けるは、当に柔巽を以て之を輔導し、義に得しむべし。順はずして蠱を敗るを致せば、則ち子の罪なり。従容として将順する、豈に道無からんや。若し己が剛陽の道を伸べて、遽然として矯め払へば則ち恩を傷ひ、害する所大なり。亦た安んぞ能く入らんや。己を屈し意を下し、巽順にして相承くるに在り。之をして身正しく事治まらしむるのみ。剛陽の臣の、柔弱の君に事ふるも、義亦た相近し。蠱の九三は、陽を以て剛に処りて中ならず、剛の過ぎたるなり。故に小しく悔有り。然れども巽の体に在りて順ならずと為さず。順は親に事ふるの本なり。又居ること正しきを得たり、故に大いなる咎無し。然れども小しく悔有るは、已に善く親に事ふるに非ざるなり。倫理を正し、恩義を篤くするは、家人の道なり。人の家に処るは、骨肉父子の間に在りて、大率情を以て礼に勝ち、恩を以て義を奪ふ。惟だ剛立の人のみ、則ち能く私愛を以て其の正理を失はず。故に家人の卦は大要剛を以て善と為す。
現代語訳
この巻は斉家(家を整えること)を論じる。思うに、克己の功がすでに至れば、それを家に施して家を整えることができる。伊川先生は言った。子弟の務めは、力に余裕があれば学問をする、というものである。自分の務めを修めずに学ぶのは、自分を修めるための学問ではない。孟子は「親に仕えることは曾子(そうし、孔子の弟子で孝行で知られる)のようであればよい」と言った。曾子の孝を、やりすぎだとは決して考えなかったのである。思うに、子の身としてできることは、すべてなすべきことである。蠱(こ)の卦に「母の乱れを正すのに、あまり正しさを押し通してはならない」とある。子が母に対するときは、柔らかく従順に助け導き、義にかなうようにさせるべきである。母に従わずに事をこじらせて失敗させれば、子の罪である。ゆったりと従いながら導くのに、どうして道がないことがあろうか。もし自分の剛い陽の道を押し通し、にわかに正そうと逆らえば、恩愛を傷つけ、害は大きい。それでどうして母の心に入っていけようか。自分を曲げ、へりくだり、柔順に受け継いでいくことにある。母の身を正しくし、事を治めさせるだけである。剛直な臣下が柔弱な君主に仕える場合も、道理は近い。蠱の卦の九三は、陽の身で剛の位におり、中を得ていない。剛が過ぎているのである。だから少し悔いがある。しかし巽(したがう)の体の中にあるので、従順でないわけではない。従順は親に仕えることの根本である。また位が正しいので大きな咎はない。しかし少し悔いがあるのは、すでに親によく仕えているとは言えない。倫理を正し、恩義を篤くすることが、家人の道である。人が家にいるときは、骨肉や父子の間にあって、おおむね情が礼に勝ち、恩愛が義を奪ってしまう。ただ剛く自立した人だけが、私的な愛情によって正しい道理を失わずにいられる。だから家人の卦は、要するに剛を善とするのである。
解説
この章句が説くこと
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