近思録 / 巻5 克己
世學不講、男女從幼便驕惰壞了。到長益兇狠。只爲未嘗爲子弟之事、則於其親己有物我、不肯屈下。病根常在。又隨所居而長、至死只依舊。爲子弟、則不能安洒掃應對。在朋友、則不能下朋友。有官長、則不能下官長。爲宰相、不能下天下之賢。甚則至於徇私意、義理都喪。也只爲病根不去、雖所居所接而長。人須一事事消了病、則義理常勝。
新字:世学不講、男女従幼便驕惰壊了。到長益兇狠。只為未嘗為子弟之事、則於其親己有物我、不肯屈下。病根常在。又随所居而長、至死只依旧。為子弟、則不能安洒掃応対。在朋友、則不能下朋友。有官長、則不能下官長。為宰相、不能下天下之賢。甚則至於徇私意、義理都喪。也只為病根不去、雖所居所接而長。人須一事事消了病、則義理常勝。
書き下し
世に学講ぜられず、男女幼きより便ち驕惰にして壊れ了る。長ずるに到りて益々兇狠なり。只だ未だ嘗て子弟の事を為さざるが為に、則ちその親に於て己に物我有り、屈下するを肯んぜず。病根常に在り。又た居る所に随いて長じ、死に至るまで只だ旧に依る。子弟と為れば、則ち洒掃応対に安んずる能わず。朋友に在れば、則ち朋友に下る能わず。官長有れば、則ち官長に下る能わず。宰相と為れば、天下の賢に下る能わず。甚だしければ則ち私意に徇うに至り、義理都て喪う。也た只だ病根の去らざるが為に、居る所接する所に随いて長ず。人は須らく一事一事、病を消し了るべし。則ち義理常に勝つ。
現代語訳
世に学問が講じられず、男女は幼い頃から驕り怠けて壊れてしまう。成長すればいっそう狂暴になる。ただ子弟としての務めをしたことがないために、親に対してすら自他の隔てを立て、へりくだろうとしない。病根は常にそこにある。しかも居る場所に応じて育ち、死ぬまで元のままだ。子弟であれば掃除や応対に落ち着いていられず、友人といれば友人にへりくだれず、上役がいれば上役にへりくだれず、宰相になれば天下の賢者にへりくだれない。ひどければ私意に従って、義理をすっかり失う。これも病根が去らないまま、居る場所と接する相手に応じて育ってしまうからだ。人は一つ一つ、病を消していかねばならない。そうすれば義理が常に勝つ。
解説
この章句が説くこと
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伝習録・黄以方録先生曰く、「人生の大病は只だ是れ一の傲の字なり。子と為りて傲れば必ず不孝、臣と為りて傲れば必ず不忠、父と為りて傲れば必ず不慈、友と為りて傲れば必ず不信なり。故に象と丹朱の倶に不肖なるも、亦た只だ一の傲の字にて、便ち此の生を結果し了れり。諸君、常に此を体せんことを要す。人心は本と是れ天然の理なり。精精明明にして、纖介の染著も無し。只だ是れ一の我無きのみ。胸中、切に有るべからず。有れば即ち傲なり。古先の聖人の許多の好き処も、也(また)只だ是れ我無きのみ。我無ければ自ら能く謙なり。謙は衆善の基、傲は衆悪の魁なり」と。
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『近思録』巻2 為学人多く老成なるを以て則ち下問を肯んぜず、故に終身知らず。また人に道義の先覚を以てこれに処らるれば、復たいささかも知らざる所有りと謂うべからず、故に亦た下問を肯んぜず。問うを肯んぜざるに従いて、遂に百端の欺妄・人我を生じ、寧ろ終身知らず。
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