導師導古典を学びたいすべての人に

近思録 / 巻3 致知

蓋吾道非如釋氏、一見了便從空寂去。「興於詩」者、吟詠性情、涵暢道德之中而歆動之、有「吾與點」之氣象。謝顯道云:明道先生善言詩。他又渾不曾章解句釋、但優游玩味、吟哦上下、便使人有得處。「瞻彼日月、悠悠我思。道之云遠、曷云能來?」思之切矣。終曰:「百爾君子!不知德行。不忮不求、何用不臧?」歸於正也。明道先生曰:學者不可以不看詩。看詩便使人長一格價。「不以文害辭」。文、文字之文。舉一字則是文、成句是辭。詩爲解一字不行、卻遷就他。如說「有周不顯」、自是作文當如此。看書須要見二帝三王之道、如二典、即求堯所以治民、舜所以事君。中庸之書、是孔門傳授、成於子思孟子。其書雖是雜記、更不分精粗、一衮說了。今人語道、多說高便遺卻卑、說本便遺卻末。伊川先生《易傳·序》曰:易、變異也。隨時變異以從道也。其爲書也廣大悉備。將以順性命之理、通幽明之故、盡事物之情、而示開物成務之道也。聖人之憂患後世、可謂至矣。去古雖遠、遺經尚存。然而前儒失意以傳言、後學誦言而忘味。自秦而下、蓋無傳矣。予生千載之後、悼斯文之湮晦、將俾後人沿流而求源、此傳所以作也。

新字:蓋吾道非如釈氏、一見了便従空寂去。「興於詩」者、吟詠性情、涵暢道徳之中而歆動之、有「吾与点」之気象。謝顕道云:明道先生善言詩。他又渾不曽章解句釈、但優游玩味、吟哦上下、便使人有得処。「瞻彼日月、悠悠我思。道之云遠、曷云能来?」思之切矣。終曰:「百爾君子!不知徳行。不忮不求、何用不臧?」帰於正也。明道先生曰:学者不可以不看詩。看詩便使人長一格価。「不以文害辞」。文、文字之文。舉一字則是文、成句是辞。詩為解一字不行、却遷就他。如説「有周不顕」、自是作文当如此。看書須要見二帝三王之道、如二典、即求堯所以治民、舜所以事君。中庸之書、是孔門伝授、成於子思孟子。其書雖是雑記、更不分精粗、一衮説了。今人語道、多説高便遺却卑、説本便遺却末。伊川先生《易伝·序》曰:易、変異也。随時変異以従道也。其為書也広大悉備。将以順性命之理、通幽明之故、尽事物之情、而示開物成務之道也。聖人之憂患後世、可謂至矣。去古雖遠、遺経尚存。然而前儒失意以伝言、後学誦言而忘味。自秦而下、蓋無伝矣。予生千載之後、悼斯文之湮晦、将俾後人沿流而求源、此伝所以作也。

書き下し

蓋し吾が道は釈氏の、一たび見了れば便ち空寂に従ひ去るが如きに非ず。「詩に興る」とは、性情を吟詠し、道徳の中に涵暢して之を歆動し、「吾は点に与せん」の気象有り。謝顕道云ふ、明道先生善く詩を言ふ。他は又渾て曾て章解句釈せず、但だ優游玩味し、上下に吟哦して、便ち人をして得る処有らしむ。「彼の日月を瞻れば、悠悠として我思ふ。道の云に遠き、曷か云に能く来たらん」。之を思ふこと切なり。終に曰く、「百爾の君子、徳行を知らざらんや。忮はず求めず、何を用てか臧からざらん」と。正に帰するなり。明道先生曰く、学者は以て詩を看ざるべからず。詩を看れば便ち人をして一格の価を長ぜしむ。「文を以て辞を害せず」。文は、文字の文なり。一字を挙ぐれば則ち是れ文、句を成せば是れ辞なり。詩の為に一字を解して行はざれば、却って他に遷就す。「有周不顕」と説くが如き、自ら是れ文を作るに当に此の如くなるべし。書を看るには須らく二帝三王の道を見んことを要すべし、二典の如き、即ち堯の民を治むる所以、舜の君に事ふる所以を求む。中庸の書は、是れ孔門の伝授にして、子思孟子に成る。其の書は是れ雑記なりと雖も、更に精粗を分かたず、一衮に説き了る。今人の道を語るは、多く高きを説けば便ち卑きを遺却し、本を説けば便ち末を遺却す。伊川先生易伝の序に曰く、易は、変易なり。時に随ひて変易して以て道に従ふなり。其の書為るや広大悉く備はる。将に以て性命の理に順ひ、幽明の故に通じ、事物の情を尽くして、開物成務の道を示さんとす。聖人の後世を憂患すること、至れりと謂ふべし。古を去ること遠しと雖も、遺経尚ほ存す。然り而して前儒は意を失ひて以て言を伝へ、後学は言を誦して味はひを忘る。秦より下、蓋し伝ふる無し。予千載の後に生まれ、斯文の湮晦を悼み、将に後人をして流れに沿ひて源を求めしめんとす、此れ伝の作る所以なり。

現代語訳

思うに、我らの道は、仏教徒が一度悟ったらすぐに空寂の境地へ行ってしまうようなものではない。『論語』の「詩によって興る」とは、性情を吟詠し、道徳の中にゆったりと浸って心を動かすことであり、そこには孔子が「私は曾点に賛成する」と言ったときのような気象がある。謝良佐(顕道)は言う。程顥(明道先生)は詩を語るのが上手であった。先生は少しも章ごと句ごとに解釈することはなく、ただゆったりと味わい、上下の句を吟じて、それで人に得るところがあるようにさせた。『詩経』の「あの日と月を仰ぎ見れば、はるばると私は思う。道のりは遠い、いつ帰って来られようか」という句は、思いが切実である。しかし最後に「多くの君子たちよ、徳行を知らないのか。人をそこなわず、むさぼらなければ、どうして善くないことがあろうか」と言う。正しいところに帰着するのである。明道先生は言う。学ぶ者は詩を読まないわけにはいかない。詩を読めば、人の格が一段上がる。『孟子』の「文によって辞をそこなわない」とは、文は文字の文であり、一字を挙げれば文、句を成せば辞である。詩を解釈するとき、一字の解釈が通らないと、かえって無理にこじつけてしまう。たとえば「有周不顕(周は顕らかでないことがあろうか)」と言うのは、そもそも詩を作るときにはこのように書くものなのである。『書経』を読むには、二帝三王(堯・舜と夏・殷・周の始祖)の道を見なければならない。「堯典」「舜典」なら、堯がどのように民を治め、舜がどのように君主に仕えたかを求めるのである。『中庸』という書は孔子の門で伝えられ、子思と孟子の手で成った。その書は雑記ではあるが、精と粗とを分けず、ひとまとめに説き尽くしている。今の人が道を語ると、多くは高いことを説けば低いことを置き忘れ、本を説けば末を置き忘れる。程頤(伊川先生)は『易伝』の序で言う。易とは変わることである。時に従って変わりながら道に従うのである。その書物は広大ですべてが備わっている。それによって性命の理に従い、目に見えるものと見えないものの理由に通じ、事物の実情を尽くして、物事を開き務めを成し遂げる道を示そうとしたのである。聖人が後の世を憂えた心は、至れり尽くせりと言うべきである。古代から遠く隔たったとはいえ、残された経書はなお存在する。しかし前代の儒者は意を見失ったまま言葉だけを伝え、後の学者は言葉を暗誦するばかりで味わいを忘れた。秦より後、易の道はほとんど伝わらなかった。私は千年の後に生まれ、この学問が埋もれ暗くなっているのを悼み、後の人が流れをさかのぼって源を求められるようにしようとした。これがこの『易伝』を作った理由である。

解説

程頤の語、謝良佐の回想、程顥の語、そして程頤『易伝』の序の前半を収める一段で、巻三の書ごとの読書法のうち『詩経』『書経』『中庸』『易』にあたる。程顥が詩を章句ごとに解釈せず、ゆったり吟じて人に得させたという話は、詩を理屈でなく情で味わう読み方を示す。『中庸』については、高きを説いて卑きを忘れる今人の傾向を戒める。『易伝』の序は、易を時に随って変易し道に従うものと定義し、前儒は意を失い後学は味を忘れたと嘆いて、源を求めさせるために伝を作ったと述べる。詩のように情に訴えるものに触れることが人の器を広げるという考え方は、実用書ばかりを読みがちな私たちに、文学や芸術に触れる意味を思い出させてくれる。

この章句が説くこと

詩経易伝変易玩味中庸

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る