近思録 / 巻2 為学
回也其心三月不違仁、只是無纖毫私意。有少私意便是不仁。「仁者先難而後獲。」有爲而作、皆先獲也。古人惟知爲仁而已、今人皆先獲也。有求爲聖人之志、然後可與共學。學而善思、然後可與適道。思而有所得、則可與立。立而化之、則可與權。古之學者爲己、其終至於成物。今之學者爲物、其終至於喪己。
新字:回也其心三月不違仁、只是無繊毫私意。有少私意便是不仁。「仁者先難而後獲。」有為而作、皆先獲也。古人惟知為仁而已、今人皆先獲也。有求為聖人之志、然後可与共学。学而善思、然後可与適道。思而有所得、則可与立。立而化之、則可与権。古之学者為己、其終至於成物。今之学者為物、其終至於喪己。
書き下し
回や其の心三月仁に違はずとは、只だ是れ繊毫の私意無きなり。少しの私意有れば便ち是れ不仁なり。「仁者は難きを先にして獲るを後にす」。為にする有りて作(な)すは、皆獲るを先にするなり。古人は惟だ仁を為すを知るのみ、今人は皆獲るを先にするなり。聖人を為さんことを求むるの志有りて、然る後に与に共に学ぶべし。学びて善く思ひて、然る後に与に道に適くべし。思ひて得る所有れば、則ち与に立つべし。立ちて之を化すれば、則ち与に権るべし。古の学者は己の為にし、其の終はり物を成すに至る。今の学者は物の為にし、其の終はり己を喪ふに至る。
現代語訳
『論語』に「顔回はその心が三か月も仁から離れなかった」とあるのは、ただ髪の毛ほどの私意もなかったということである。少しでも私意があれば、それはもう不仁である。「仁者は難しいことを先にして、得ることを後にする」。何かのためにと思って行うのは、すべて得ることを先にしている。昔の人はただ仁を行うことだけを知っていたが、今の人はみな得ることを先にしている。聖人になろうと求める志があって、はじめて共に学ぶことができる。学んでよく考えて、はじめて共に道に進むことができる。考えて得るところがあれば、共に立つことができる。立ってそれが身に化したなら、共に臨機応変の判断(権)をすることができる。昔の学ぶ者は自分のために学び、最後には人や物を成就させるに至った。今の学ぶ者は人に見せるために学び、最後には自分を失うに至る。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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司馬法・仁本正、意を獲ざれば則ち権(けん)す。権は戦より出で、仁より出でざるなり。是の故に人を殺して人を安んぜば、之を殺すも可なり。其の国を攻むるも、其の民を愛せば、之を攻むるも可なり。
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『韓非子』六反第四十六前は苦しくして長く利あり。仁の道為る、偸楽にして後に窮す。聖人其の軽重を権り、其の大利を出だす、故に法の相忍ぶを用ひて、仁人の相憐れむを弃つるなり。
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論語・雍也篇宰我問いて曰く、「仁者は之に告げて『井に仁有り』と曰うと雖も、其れ之に従わんか。」子曰く、「何為れぞ其れ然らんや。君子は逝かしむ可きも、陥る可からず。欺く可きも、罔う可からず。」
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論語・里仁篇子曰わく、ただ仁者のみよく人を好み、よく人を悪む。
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論語・里仁篇子曰わく、不仁者は久しく約に処るべからず、長く楽に処るべからず。仁者は仁に安んじ、知者は仁を利とす。
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論語・八佾篇子曰く、人にして仁ならずんば、礼を如(いかん)せん;人にして仁ならずんば、楽を如せん。
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