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淇園答要抄録 / 武の事・武の徳は文徳に支えられる

武といふは敵に身を以て相當りてこれを禦ぐの德を武といふ、惡敷ものに出合ても其氣の逃る事なくして夫を禦ぎ留る逞しき心だてを弓劍刀鎗の藝にてそれを持出す故に武藝ともいふなるべし、されども古への大夫は文をも武をも能鍛鍊して治平には民を治める事には其軍に將たる人多し、後世にても晉の羊祜は軍に臨むに甲冑を着し候事なくして疆吳を押へたり、三國の諸葛亮も弓劍刀鎗の稽古をしたる事は未だ承り及ばざれども天下三分の基業を創めて八陣を布て魏の名將の司馬懿を屈せり、士大夫の武德をなし事業に施す所は是又文德によりて謀略を定め謀署によりて勇決を出す事にて必ず武藝の稽古には寄べからず、何れにも壯によりて勉强するに習はざれば武德も成就し難かるべしと存候事に御座候、

新字:武といふは敵に身を以て相当りてこれを禦ぐの徳を武といふ、悪敷ものに出合ても其気の逃る事なくして夫を禦ぎ留る逞しき心だてを弓剣刀鎗の芸にてそれを持出す故に武芸ともいふなるべし、されども古への大夫は文をも武をも能鍛錬して治平には民を治める事には其軍に将たる人多し、後世にても晋の羊祜は軍に臨むに甲冑を着し候事なくして疆呉を押へたり、三国の諸葛亮も弓剣刀鎗の稽古をしたる事は未だ承り及ばざれども天下三分の基業を創めて八陣を布て魏の名将の司馬懿を屈せり、士大夫の武徳をなし事業に施す所は是又文徳によりて謀略を定め謀署によりて勇決を出す事にて必ず武芸の稽古には寄べからず、何れにも壮によりて勉強するに習はざれば武徳も成就し難かるべしと存候事に御座候、

書き下し

武といふは敵に身を以て相當りてこれを禦ぐの德を武といふ、惡敷ものに出合ても其氣の逃る事なくして夫を禦ぎ留る逞しき心だてを弓劍刀鎗の藝にてそれを持出す故に武藝ともいふなるべし、されども古への大夫は文をも武をも能鍛鍊して治平には民を治める事には其軍に將たる人多し、後世にても晉の羊祜は軍に臨むに甲冑を着し候事なくして疆吳を押へたり、三國の諸葛亮も弓劍刀鎗の稽古をしたる事は未だ承り及ばざれども天下三分の基業を創めて八陣を布て魏の名將の司馬懿を屈せり、士大夫の武德をなし事業に施す所は是又文德によりて謀略を定め謀署によりて勇決を出す事にて必ず武藝の稽古には寄べからず、何れにも壯によりて勉强するに習はざれば武德も成就し難かるべしと存候事に御座候、

現代語訳

武とは、敵に身をもって当たってこれを防ぐ徳をいいます。悪い者に出会っても、その気を逃がすことなくそれを防ぎ止める逞しい心だてを、弓・剣・刀・槍の芸によって持ち出すので、武芸ともいうのでしょう。けれども、昔の大夫は文をも武をもよく鍛錬して、治平の時には民を治め、その軍には将となる人が多くいました。後世でも、晋の羊祜は、軍に臨んで甲冑を着けることなく、強敵の呉を押さえました。三国の諸葛亮も、弓・剣・刀・槍の稽古をしたことは、まだ承り及びませんが、天下三分の基業を創め、八陣を布いて魏の名将の司馬懿を屈服させました。士大夫が武徳をなして事業に施すところは、これもまた文徳によって謀略を定め、謀署(計略の配置)によって勇決を出すことであり、必ずしも武芸の稽古によるものではありません。いずれにせよ、壮年のうちに勉強して習わなければ、武徳も成就しがたいであろうと存じます。

解説

武とは、敵に身をもって当たり、悪を防ぎ止める徳であり、武芸はそれを形にしたものにすぎないと整理されます。晋の羊祜や三国の諸葛亮の例をあげ、士大夫の武徳は、文徳に基づく謀略の定め方と、勇気ある決断として表れると述べます。戦いを称えるのではなく、困難に正面から向き合う胆力は、学びと見通しに支えられるという趣旨です。現代の管理職も、問題から逃げずに向き合う胆力を、知識と計画の裏づけとともに養いたいものです。若いうちからの勉強の積み重ねがあってこそ、決断の場で力を発揮できます。

この章句が説くこと

『淇園答要抄録』皆川淇園武徳文徳羊祜諸葛亮

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