淇園答要抄録 / 士と庶人との道の別の事・常禄のある士が礼で身を修める理由
其從ひ行ふ所を己が心にて身分〳〵の相應を見量りて其分を取る事は天下の人々の制望を主る所のもの也、仁義に從へば各其報を得る故に、士は三民よりこれを報じて食邑あらしめまた是が役をとり、三民士より是を報じて是が難を救ひ是をおしへて安からしむ、是天下の人々の利する所也といひ給へり、四民の道元來皆如此なるものなれども、士には常祿有て衣食の憂ひなし、孟子にも無恆產而有恆心唯士爲能といへる是なり、三民は常祿なき故に常ゝ衣食の營みに心身を勞する事也、心身を勞する事を苦しむ故に夫によりて或は仁義の道を忘れて己獨利を專らにせんとする事あり、如此なれば爭亂の生ずる故に士は是を治めて和順する事を敎へ、其おしゆる人に私慾あれば人を敎ゆる事行はれざる故に、常に禮制によりて其身を修する事が入用也、三民は家業に隙なく夫を以て父母妻子を養ふ故に一々禮制に從ふ事不能して只孝悌忠信を失なはざる事を要として其他の制はこれを君上に仰ぎ聽くのみ、これが士と庶人との道の分れなりと可被思召候、
新字:其従ひ行ふ所を己が心にて身分〳〵の相応を見量りて其分を取る事は天下の人々の制望を主る所のもの也、仁義に従へば各其報を得る故に、士は三民よりこれを報じて食邑あらしめまた是が役をとり、三民士より是を報じて是が難を救ひ是をおしへて安からしむ、是天下の人々の利する所也といひ給へり、四民の道元来皆如此なるものなれども、士には常禄有て衣食の憂ひなし、孟子にも無恒産而有恒心唯士為能といへる是なり、三民は常禄なき故に常ゝ衣食の営みに心身を労する事也、心身を労する事を苦しむ故に夫によりて或は仁義の道を忘れて己独利を専らにせんとする事あり、如此なれば争乱の生ずる故に士は是を治めて和順する事を教へ、其おしゆる人に私慾あれば人を教ゆる事行はれざる故に、常に礼制によりて其身を修する事が入用也、三民は家業に隙なく夫を以て父母妻子を養ふ故に一々礼制に従ふ事不能して只孝悌忠信を失なはざる事を要として其他の制はこれを君上に仰ぎ聴くのみ、これが士と庶人との道の分れなりと可被思召候、
書き下し
其從ひ行ふ所を己が心にて身分〳〵の相應を見量りて其分を取る事は天下の人々の制望を主る所のもの也、仁義に從へば各其報を得る故に、士は三民よりこれを報じて食邑あらしめまた是が役をとり、三民士より是を報じて是が難を救ひ是をおしへて安からしむ、是天下の人々の利する所也といひ給へり、四民の道元來皆如此なるものなれども、士には常祿有て衣食の憂ひなし、孟子にも無恆產而有恆心唯士爲能といへる是なり、三民は常祿なき故に常ゝ衣食の營みに心身を勞する事也、心身を勞する事を苦しむ故に夫によりて或は仁義の道を忘れて己獨利を專らにせんとする事あり、如此なれば爭亂の生ずる故に士は是を治めて和順する事を敎へ、其おしゆる人に私慾あれば人を敎ゆる事行はれざる故に、常に禮制によりて其身を修する事が入用也、三民は家業に隙なく夫を以て父母妻子を養ふ故に一々禮制に從ふ事不能して只孝悌忠信を失なはざる事を要として其他の制はこれを君上に仰ぎ聽くのみ、これが士と庶人との道の分れなりと可被思召候、
現代語訳
その従い行うところを己の心で身分ごとの相応を見量り、その分を取ることは、天下の人々の制望(願いを制する)を主るものです。仁義に従えばそれぞれ報いを得るので、士は三民(農工商)からこれに報じて食邑を与えられ、またその役目を取り、三民は士からこれに報じて、その難を救い、教えて安らかにしてもらいます。これが天下の人々の利するところである、と言われました。四民の道はもともとみなこのようなものですが、士には常禄があり、衣食の憂いがありません。孟子に「恒産なくして恒心あるは、ただ士のみよくす」とあるのがこれです。三民は常禄がないので、常に衣食を営むことに心身を労します。心身を労することを苦しむために、それによって仁義の道を忘れて、自分ひとり利を専らにしようとすることがあります。こうなると争乱が生じるので、士はこれを治めて和順することを教え、その教える人に私欲があれば人を教えることが行われないので、常に礼制によってその身を修めることが必要です。三民は家業に暇がなく、それで父母妻子を養うので、いちいち礼制に従うことはできず、ただ孝悌忠信を失わないことを要として、そのほかの制は君上に仰ぎ聴くだけです。これが士と庶人との道の分かれであると、お思いください。
解説
この章句が説くこと
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