武治提要 / 武德・第1段
武は勇猛にして不屈、義にたけきの名なり。其さす處廣して、其品目多し。人の生質勇猛多力にして、技術に長じ、手能鼎を擧、足能廣をこえ、水を渡り、遠を行、終日にして不勞、劔を執、矛を握り、目まじろかず、肌たわまず、百戰百勝を心の儘に致すごとき、これを武夫と稱す。是武の一躰を得るもの也。號令を嚴にし、賞罰を重くし、士卒を用ゆると群羊を驅がごとく、法律を以て三軍を一齊ならしめ、ゆくところなきに投して、戰ごとに全勝を得、其境域を廣くし、其國家を興すものあり、これを戰國の武將と云。外國の孫吳、本朝の信玄のごときこれ也。思慮深して、變化の理を默識し、往を知、來を察して不惑、隱を搜り、玄を釣て不差、策を好て力戰を不好、たくむと久しく、なすと婉曲にして、以て敵に勝ものあり、外國の孔明、本朝の楠氏の如きこれ也。
新字:武は勇猛にして不屈、義にたけきの名なり。其さす処広して、其品目多し。人の生質勇猛多力にして、技術に長じ、手能鼎を挙、足能広をこえ、水を渡り、遠を行、終日にして不労、剣を執、矛を握り、目まじろかず、肌たわまず、百戦百勝を心の儘に致すごとき、これを武夫と称す。是武の一体を得るもの也。号令を厳にし、賞罰を重くし、士卒を用ゆると群羊を駆がごとく、法律を以て三軍を一斉ならしめ、ゆくところなきに投して、戦ごとに全勝を得、其境域を広くし、其国家を興すものあり、これを戦国の武将と云。外国の孫呉、本朝の信玄のごときこれ也。思慮深して、変化の理を黙識し、往を知、来を察して不惑、隠を捜り、玄を釣て不差、策を好て力戦を不好、たくむと久しく、なすと婉曲にして、以て敵に勝ものあり、外国の孔明、本朝の楠氏の如きこれ也。
書き下し
武は勇猛にして不屈、義にたけきの名なり。其さす處廣して、其品目多し。人の生質勇猛多力にして、技術に長じ、手能鼎を擧、足能廣をこえ、水を渡り、遠を行、終日にして不勞、劔を執、矛を握り、目まじろかず、肌たわまず、百戰百勝を心の儘に致すごとき、これを武夫と稱す。是武の一躰を得るもの也。號令を嚴にし、賞罰を重くし、士卒を用ゆると群羊を驅がごとく、法律を以て三軍を一齊ならしめ、ゆくところなきに投して、戰ごとに全勝を得、其境域を廣くし、其國家を興すものあり、これを戰國の武將と云。外國の孫吳、本朝の信玄のごときこれ也。思慮深して、變化の理を默識し、往を知、來を察して不惑、隱を搜り、玄を釣て不差、策を好て力戰を不好、たくむと久しく、なすと婉曲にして、以て敵に勝ものあり、外國の孔明、本朝の楠氏の如きこれ也。
現代語訳
武は勇猛で屈せず、義にたけたものの名である。その指すところは広く、品目は多い。生まれつき勇猛で力が強く、技術にすぐれ、手は鼎を挙げ、足は広い所を越え、水を渡り、遠くへ行って一日中疲れず、剣を執り矛を握って目をまたたかず、肌もたわまず、百戦百勝を思いのままにするような者、これを武夫と称する。これは武の一つの体を得たものである。号令を厳しくし、賞罰を重くし、士卒を用いるのは群れた羊を駆るようで、法律によって三軍を一斉にさせ、行き場のない地に投じても戦うごとに全勝を得て、領域を広げ、国家を興す者がある。これを戦国の武将という。外国の孫・呉、本朝の信玄のような者である。思慮が深く、変化の理を黙って見抜き、往を知り来を察して惑わず、隠れたものを探り、玄妙を釣り上げて誤らず、策を好んで力戦を好まず、企てるのに時をかけ、行うのは婉曲で、それによって敵に勝つ者がある。外国の孔明、本朝の楠氏のような者である。
解説
この章句が説くこと
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『武治提要』武德・第2段中庸を能して不惑、中立して不倚、富貴も奪と不能、貧賤も移すべからず、聲色も動すべからざる如きは、聖賢說處の勇武也。如此其品不同といへども、武の大本に於て一貫せずと云となし、暫く大小精粗の差あるのみ也。或は古人のあとをとめ、或は文字の說を必とするときは、武の說其蘊奧徹底に至り難し。德は得也、吾これを得て以て安しとし、人これを得て其處に安んずる、これを德と云也。武を以て吾を脩るは武德の始也。武を以て士を治るは武德の終り也。武を以て天下を化するは武德の極功也。始終本末貫通して殘すとなき、是眞の武德也。本邦は武國にして、頼朝公以來大一統武門に出、故に武德を以て治平の基盤を立ざるときは、其根蒂輭弱にして傾廢すると易し。武德の實甚深重なり。
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『武治提要』武德・第6段武德を總綱として、其領目に文武あり。內を調治るを文とし、外を威し制するを武とす。外國といへども、干戈を以て艸業せるの主は、武德を以て其國を開基するに似たりといへども、本朝武門に所謂武德にあらず、領目の武に應ぜり。而して其武亦 本朝の武に同じからず。金の稱號は同して、其間鐵鈆の剛柔天壤を隔るが如し。日を同して語るべからず。外國に所謂四海を治の德は、其用仁を主とす。故に文德なり。武門に所謂天下を治の德は、其用義を主とす。故に武德なり。
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『武治提要』武德・第3段凡武德の用は、武將勉强して法令を嚴にするにあらざれども、自ら嚴重にして、これを乖戾するものなく、恩賞を常に下すにあらざれども、群士進で其朝につかえんとを求め、怒らずといへども、人々をそれをのゝくと斧鉞のごとき、これ武德の外に行はるゝの象なり。人の畏服すると如此ならんは、いかなる道、いかなる法によるべきぞとならば、其太本武將の身上に武を厚く體認し玉ふにあり。武を好と色を好がごとく、常に用ゆると飮食のごとく、尊信すると鬼神のごとく、重んずると泰山のごとくすると、これ武を以て吾を脩るの先務にして、武德を四海に敷べきの根源なり。凡外に及ものは必內に根ざすと、萬物の情也。故に內にある處の根基小微なるときは、外に發する處亦從て遠大ならず。
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『武治提要』武德・第8段物に三の用あり。此三全く備るを德と云。一に云く德、二に云く能、三に云く道也。たとへば劔に不測の靈あつて、其氣星斗を射、或は妖魅のこれがために退くごときは、劔の德なり。鐵冑を截斷し、犀甲を貫串なすは、劔の能なり。行藏人に從て其用をなすは劔の道なり。動靜周旋に威儀の則とすべきものあり、言行に端正嚴肅の以て懼るべきものあるは、將の德なり。危に臨て不恐、策を出して不差、小を帥て大を討、百戰百勝の全利をなすごときは、將の能なり。自ら彊て不息、材能を以て高ぶらず、諫を容て不拒、愚者を矜て敎育に不倦ごときは、將の道なり。三のもの相合して、これを武德と稱す。此三のものを得るにあらざるときは、得て安んずるの極に至るべからず。
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