剣徴 / 神全ければ傷つかず
列子黃帝篇、醉者之墜於車也、雖疾不死、骨節與人同、而犯害與人異、其神全也、酒に醉たる者の車より墜て、撲傷することは有れども、死するに至らざる者は、酒は人の膽氣を助くる物故、精神畏懼せず、充實するを以て也、武夫の勝負の場に立て、神全く氣盛にして畏懼の念頭を灑脫せば、矢も玉も中るべきに非ず、謙信流の兵書に、眞向の鋒先き箭不立、そばみの楯は眞中を貫と云も是也、老子經に善攝生者、陸行不遇兕虎、入軍不被甲兵、兕無所投其角、虎無所措其爪、兵無所容其刄、夫何故、以其無死地、又續博物志、鶴所以壽者、無死氣於中也、みな同意にして、常に惺惺活潑の地也、學者玆に悟入して、以て活機を握掌せよ、
新字:列子黄帝篇、酔者之墜於車也、雖疾不死、骨節与人同、而犯害与人異、其神全也、酒に酔たる者の車より墜て、撲傷することは有れども、死するに至らざる者は、酒は人の胆気を助くる物故、精神畏懼せず、充実するを以て也、武夫の勝負の場に立て、神全く気盛にして畏懼の念頭を灑脱せば、矢も玉も中るべきに非ず、謙信流の兵書に、真向の鋒先き箭不立、そばみの楯は真中を貫と云も是也、老子経に善摂生者、陸行不遇兕虎、入軍不被甲兵、兕無所投其角、虎無所措其爪、兵無所容其刄、夫何故、以其無死地、又続博物志、鶴所以寿者、無死気於中也、みな同意にして、常に惺惺活溌の地也、学者玆に悟入して、以て活機を握掌せよ、
書き下し
列子黄帝篇に「酔者の車より墜つるや、疾しと雖も死せず。骨節は人と同じなれども、害を犯すこと人と異なるは、其の神全きが故なり」とあり、酒に酔たる者の車より墜て、撲傷することは有れども、死するに至らざる者は、酒は人の胆気を助くる物故、精神畏懼せず、充実するを以て也、武夫の勝負の場に立て、神全く気盛にして畏懼の念頭を灑脱せば、矢も玉も中るべきに非ず、謙信流の兵書に、眞向の鋒先き箭不立、そばみの楯は真中を貫と云も是也、老子経に「善く生を摂する者は、陸行して兕虎に遇はず、軍に入りて甲兵を被らず。兕も其の角を投ずる所無く、虎も其の爪を措く所無く、兵も其の刃を容るる所無し。夫れ何の故ぞ。其の死地無きを以てなり」とあり、又続博物志に「鶴の寿なる所以は、中に死気無ければなり」とあり、みな同意にして、常に惺惺活潑の地也、学者玆に悟入して、以て活機を握掌せよ、
現代語訳
『列子』黄帝篇に「酔った者が車から落ちると、勢いよく落ちても死なない。骨や関節は他の人と同じなのに、害を受けることが他人と異なるのは、その神(精神)が全いからである」とあります。酒に酔った者が車から落ちて打ち身をすることはあっても、死に至らないのは、酒が人の胆気を助けるものなので、精神が恐れず、充実しているからです。武人が勝負の場に立って、精神が全く、気が盛んで、恐れの念を洗い流せば、矢も弾も当たるはずがありません。謙信流の兵書に「真向かいの切っ先には矢が立たず、斜めに構えた楯は真ん中を貫かれる」と言うのも同じ意味です。『老子』に「生を保つのが上手な者は、陸を行っても兕や虎に遇わず、軍に入っても甲冑や武器を身につけなくてよい。兕もその角を突き立てる所がなく、虎もその爪を置く所がなく、兵もその刃を入れる所がない。それはなぜか。その者に死地がないからだ」とあり、『続博物志』に「鶴が長寿なのは、体の中に死の気がないからだ」とあります。みな同じ意味で、常にはっきり目覚めて活発な境地です。学ぶ者はここに悟り入って、活きた機を手の内に握ってください。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孫子・九地篇疾く戦えば則ち存し、疾く戦わざれば則ち亡ぶ者を、死地と為す。
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孫子・地形篇故に戦道必ず勝たば、主戦う無かれと曰うとも、必ず戦うも可なり。戦道勝たずんば、主必ず戦えと曰うとも、戦う無きも可なり。是の故に進みて名を求めず、退きて罪を避けず、唯だ民を是れ保ちて、而して利の主に合うは、国の宝なり。
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老子・第50章生に出でて死に入る。生の徒は十に三有り、死の徒は十に三有り、人の生きて之を死地に動かすも亦た十に三有り。夫れ何の故ぞ。其の生を生とすることの厚きを以てなり。蓋し聞く、善く生を摂する者は、陸行して兕虎に遇わず、軍に入りて甲兵を被らず。兕は其の角を投ずる所無く、虎は其の爪を措く所無く、兵は其の刃を容るる所無し。夫れ何の故ぞ。其の死地無きを以てなり。
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『長短経』利害諸将、首虜を殺し、留まりて賀し、因りて信に問いて曰く「兵法に『山陵を右背にし、水沢を前左にす』と。今者、将軍は臣等をして反りて背水の陣をなさしめ、曰く『趙を破りて会食せん』と。時に臣等服せず。然れども竟に以て勝つ。此れ何の術ぞや」と。信曰く「此れ兵法の中に在り、顧だ諸君察せざるのみ。兵法に曰わずや『之を死地に陥れて而る後に生き、之を亡地に置きて而る後に存す』と〔夫れ死地に処るは、力均しく勢い敵するを謂う。死地を以て勝ちを取るは可なり。若し至弱を以て至強に当たり、弱兵を死地に投ずれば、自ら陥ることを貽すなり。故に孫子曰く「兵恐るれば、救うべからず」と。又た経に曰く「大衆害に陥りて、然る後に能く勝敗を為す」と。是に知る、死地の機は、必ず大衆を用うるなり〕。且つ信は能く素より士大夫を撫循するに非ず。所謂市人を駆りて戦わしむるなり。其の勢い之を死地に置きて、人人をして自ら戦いを為さしむるに非ずんば、今之に生地を与えば、皆走らん。寧んぞ尚お得て之を用うべけんや」と。諸将曰く「善し。及ぶ所に非ざるなり」と。
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『駿台雑話』孫臏韓信が兵法(五)一足跡へひけば水に逐はめられて死する故に、おのづから樣樣にかせぎて殊死して戰はざる事を得ず、趙軍漢の軍の死地に陷るを見ては、必なにの用意もなく輕々しくすヽみたヽかふべし、我死戰の衆をもて輕進の兵を擊なば、必一戰に勝利を得べしとはかりしが、はたしてその謀はづれざりけり、然れども水に背て陳せしは、當時諸將も口には諾せしかども心には服せず、敵もこれを望見て大に笑しぞかし、これ敵もみかたも形にはめられ勢にのせられて、みづからおぼへず、戰勝ても其勝ける故をしらざりけらし、その外伴りて旗鼓を捨て走て、敵をして空壁逐利しめ、趙旗を拔て漢の赤幟をたてヽ、趙軍の氣を奪ひしなど、いづれも敵を形におとして、自然の勢をもて騙しかば、みかたはいよ〱勇戰し、敵はみづから死を救ふにいとまあらざりけり、孫臏が後、兵の形勢に熟し合戰に長じたるは韓信ならし、むべ自から將兵の能を論じて、多ければ多くして益善とはいひけり、げにさもと覺べし、然るに孫臏韓信が兵法をもて孫武が書に考るに、符節を合せたるがごとし、こヽをもて兵法はいよ〱形勢にある事をしるべし、孫子にいへらずや、先爲不可勝以待敵之可勝とは、先不可勝は我にあり、
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