孫子 / 地形篇
故戰道必勝,主曰無戰,必戰可也;戰道不勝,主曰必戰,無戰可也。是故進不求名,退不避罪,唯民是保,而利合於主,國之寶也。
新字:故戦道必勝,主曰無戦,必戦可也;戦道不勝,主曰必戦,無戦可也。是故進不求名,退不避罪,唯民是保,而利合於主,国之宝也。
書き下し
故に戦道必ず勝たば、主戦う無かれと曰うとも、必ず戦うも可なり。戦道勝たずんば、主必ず戦えと曰うとも、戦う無きも可なり。是の故に進みて名を求めず、退きて罪を避けず、唯だ民を是れ保ちて、而して利の主に合うは、国の宝なり。
現代語訳
だから、戦えば必ず勝てる情勢なら、主君が「戦うな」と言っても戦ってよい。勝てない情勢なら、主君が「戦え」と言っても戦わなくてよい。それゆえ、進んでも名誉を求めず、退いても処罰を恐れず、ただ民を守ることだけを考え、その働きが主君の利にかなう——そういう将こそ、国の宝である。
解説
地形篇でも屈指の名句で、リーダーの「在り方」を説く一節です。孫子は、現場の実情が主君の命令と食い違うなら、勝てるときは命令に反してでも戦い、勝てないときは命令されても戦うな、と言います。ただしその判断基準は私心ではありません。進んでも手柄を求めず、退いても処罰を恐れず、ただ「民(部下)を守り、組織全体の利にかなうか」だけを見る。保身や功名のためでなく、守るべきもののために責任を取る覚悟——それを孫子は「国の宝」と呼びます。上の顔色でも自分の評価でもなく、守るべき人と全体の利益を判断の軸に置く。これは現代のリーダーにこそ響く、責任の定義です。
この章句が説くこと
進不求名退不避罪死地唯民是保退路無し責任危機
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