剣徴 / 書物芸と実地の戦
戰塲にて功をなせしは曾聞かず、已に鳥銃の達人、稻富一夢は百歩にして柳葉を打ち、茅屋の中に在て屋上の鳥の鳴聲にて其集る處を察し、此を打にあやまたず打落せり、かゝる上巧なれども、朝鮮陣ノ時、敵に向ては、一玉も中らざりしと也、(此事玉滴隱見及慶長軍記に見へたり、)然れば藝の巧拙にて勝敗を論ずるは萬々無き也、然れども武藝より入らずしては、此殺心怒機を引をこすべき術無し、由て藝業を習はすは固より也、たゞ書物道理の上にてすまし置たるばかりにては、實地に至て阻敗せざること無し、是を書物藝口先き兵法と云、我只世人藝術を勸むるを非と云に非ず、其藝を講ずるの道を得ざるを痛のみ、悲哉悲哉、海內一英雄の蠭起して弊風を打破し迷俗を喚醒する其人無きこと、
新字:戦塲にて功をなせしは曽聞かず、已に鳥銃の達人、稲富一夢は百歩にして柳葉を打ち、茅屋の中に在て屋上の鳥の鳴声にて其集る処を察し、此を打にあやまたず打落せり、かゝる上巧なれども、朝鮮陣ノ時、敵に向ては、一玉も中らざりしと也、(此事玉滴隠見及慶長軍記に見へたり、)然れば芸の巧拙にて勝敗を論ずるは万々無き也、然れども武芸より入らずしては、此殺心怒機を引をこすべき術無し、由て芸業を習はすは固より也、たゞ書物道理の上にてすまし置たるばかりにては、実地に至て阻敗せざること無し、是を書物芸口先き兵法と云、我只世人芸術を勧むるを非と云に非ず、其芸を講ずるの道を得ざるを痛のみ、悲哉悲哉、海内一英雄の蠭起して弊風を打破し迷俗を喚醒する其人無きこと、
書き下し
戦塲にて功をなせしは曾聞かず、已に鳥銃の達人、稲富一夢は百歩にして柳葉を打ち、茅屋の中に在て屋上の鳥の鳴声にて其集る処を察し、此を打にあやまたず打落せり、かゝる上巧なれども、朝鮮陣ノ時、敵に向ては、一玉も中らざりしと也、(此事玉滴隠見及慶長軍記に見へたり、)然れば芸の巧拙にて勝敗を論ずるは万々無き也、然れども武芸より入らずしては、此殺心怒機を引をこすべき術無し、由て芸業を習はすは固より也、たゞ書物道理の上にてすまし置たるばかりにては、実地に至て阻敗せざること無し、是を書物芸口先き兵法と云、我只世人芸術を勧むるを非と云に非ず、其芸を講ずるの道を得ざるを痛のみ、悲哉悲哉、海内一英雄の蜂起して弊風を打破し迷俗を喚醒する其人無きこと、
現代語訳
(前章の続き)戦場で功を立てたとは聞いたことがありません。すでに鉄砲の達人である稲富一夢は、百歩先の柳の葉を撃ち、茅屋の中にいて屋根の上の鳥の鳴き声でその集まる所を察し、これを撃ち損なわずに落としたといいます。このように上手でしたが、朝鮮の陣のとき、敵に向かっては、一発も当たらなかったということです。(この事は『玉滴隠見』および『慶長軍記』に見えます。)そうであれば、芸の巧拙で勝敗を論ずることは決してできません。しかし武芸から入らなければ、この殺気や怒気の機を引き起こす方法がありません。だから芸業を習うのはもちろんです。ただ書物や理屈の上だけで済ませておくと、実地に至ってつまずかないことはありません。これを書物芸、口先兵法といいます。私は、世の人が芸術を勧めるのを非とするのではありません。ただ、その芸を講ずる道を得ていないことを痛むだけです。悲しいことです。天下に一人の英雄が蜂起して悪い風習を打ち破り、迷いの俗を呼び覚ます人がいないことが。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『秘本玉くしげ』下 華法の武術武士の兵術軍法を第一に心がくべき事は今さら申すに及ばざれども、今治平の御代久しくつづきたることなれば、法も術も実用をこころみ知れる人は一人もなければ、ただ家々に伝はりたる通りを学びならひて、其上はただ面々の工夫のみなるが、その工夫とても実にこれを試むるにあらざれば、畢竟みな空按也。さればその同じ空按の中にも、ただ道理のあたるあたらざるばかりをば考へずして、とかく実用の所を心がくべき也。さて又時代のうつるにつきては、世中のもやう人の気質などもうつりかはるものなれば、昔の法のままにては今は宜しからざる事もあるべければ、其時代時代の世中のもやう人の気分などをよく弁へて、昔の法をもこれに引当て考ふべき也。さて又もろもろの武術も、治平の世には実用することなきゆゑに、おほくは華法といふものにして、見分のよろしきをよきことにして巧拙を定め、実用の巧拙をば思はざる事多し。弓を学ぶにも、ただ的にあたることを詮とし、強弓をひく事をのみよしとす。
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『秘本玉くしげ』下 織豊の軍に学ぶ此二つはいかにも弓の肝要にはあれども、実用はあながちこれらのみにも限るべからず。其外にも敵をうけたるとき、ふせぐにも攻るにもこれを用ひて利方おほからんやうを考ふべし。又馬を乗とても、ただ馬にばかりいかほどよく乗ても実用には益すくなし。ただ馬上にての働きを心がくべし。馬に乗ほどの人は、今の火消などの如く、ただ下知ばかりをしてすむものと思ひても大に違ふべし。軍書を見て、むかしの馬上の働きをしるべき也。すべて武術を稽古するには、何によらずみな此心がけ肝要たるべき也。武道軍術のためには、とかく軍談の書を常々見るがよき也。それも源平盛衰記、太平記などの類は、おもしろくはあれども、よほど時代ふるきゆゑに、近世とはもやうの違ひたる事多し。ただ足利の代の末つかたの戦のやうをよく考ふべし。殊に織田豊臣の御時代の軍は、古今にすぐれてたぐひなく功者なるもの也。大がい武士は、つねづねかの時代に在て、かの戦の中にまじり居る心持になりて、武道をば心がくべき事也。
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『剣徴』・水の純一、虚発の誠又博物志史補篇に出づ、同上、「楚王苑に遊ぶ。白猿焉に在り。王、善く射る者をして之を射しむ。矢数ば発すれども、猿は矢を搏ちて笑ふ。乃ち由基に命ず。由基弓を撫すれば、猿即ち木を抱きて号ぶ。六国の時に及び、更羸魏王に謂ひて曰く、臣能く虚発して鳥を下さん。魏王曰く、然らば則ち射は此に至るべきか。嬴曰く、可なり。有頃にして雁の東方より来たるを聞く。更嬴虚発して鳥下る」と、又淮南子及博物志に見ゆ、みな精神貫沖の説也、学者玩味せよ、尉繚子十二陵篇に「勝兵は水に似たり。夫れ水は至って柔弱なる者なり。然れども触るる所の丘陵は必ず之が為に崩る。異なること無し。性専らにして触るること誠なればなり」とあり、言心は、敵に打勝ところの軍は水に似たり、触れ当る所みな砕け破るゝと也、その水と云者は至て柔弱なる者なれども、その触れ干す所は、丘陵のをかも之が為に崩るゝ者は、水の性が一途なる者にして、触るゝこと又純一なる故也となり、武人是に於て感悟すべし、今の技芸をなす者、敵に対するや否や、右と見せて左を打ち、裾と見せて首を打つ、一切みなだましたり、すかしたりすることにかゝつて居る故、吾が殺気かつて敵の胴腹に透徹とつらぬかず、由て敵も何とも思はず居るが故に、又自由自在なることをするぞ、悲哉悲哉、如此にして、生涯霜辛雪苦すと云とも、畢竟酔生夢死の塲にして、うだつのあがることは無き也、冀は、水の性専にして触るること誠なれば、丘陵これが為に崩潰するの義に由て、脱然として醒悟し、実心を以て実事を行ひ、独立自在の妙境に至らば、眼光所射、敵人不能対面、殆んど朝日の人目を眩耀するが如ならんと云、
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『剣徴』・巧拙に勝負は論ぜられず同じく、「両人刃を接し、巧拙異ならずして、勇士必ず勝つ者は何ぞや。其の行ふこと誠なればなり」と、勝負は巧拙に在らず、勇怯径庭をなす、夫勇者不懼、故によく純一無雑也、是其勝を制する所以也、今世の武技を講ずる者は是に異也、巧拙を以て勝敗をなす、然れば我より劣れる者には勝ち、我より勝れる者には負け、我と同き者には同殺死に定む、如此は歳月の力を労し生涯の切を尽も亦何の効験か有ん、是みな者流の陋見のみ、五雑組に、正統己巳の変、(此は明の英宗北狩の時をさす)、天下の勇士を招募す、山西の李通なる者、京師に行教し、其の技芸を試むるに、十八般皆能くし、与に敵を為すべき者無し、遂に首選に応ず、然れども通は後に卒に勲業を以て顕れず、何ぞや、是に由て観之、巧拙にて勝負は論ぜられぬことぞ、左れば古より剣槍の上手、名人と称せらるゝ者、
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『及門遺範』・武技は実用を旨とする一、又謂ふ、武を習ふは、陣に臨みて己の職分を尽くす所以にして、本より私闘の用に非ず、亦た演場に技を衒ふの具に非ず。当に花法を去りて、専ら実用に務むべし、と。当時泰平の余を承け、演技を習ふ者は、多く昔人の成法を株守し、陳跡に拘泥して、其の区域を出づる能はず。先生嘗て杉山子方等と、伊勢の伝ふる所の吉田射法を学び、戸崎氏の刀法を伝ふる者を招きて、少年に教授せしむ。是より小野の刀、種田の槍、荻野の銃の如き、往々伝播し、而して師家の旧法を伝ふる者も、亦た実用を講求するに務め、自ら機軸を出だし、四方に雄を称する者有るに至る。先生は実に之が嚆矢と為す。則ち独り文学に於いて発明する所多きのみならず、其の武技に於いても、亦た国家に益無しと謂ふべからず。
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『文武訓』武訓上一兵術は、将と士と貴賤の位によりて、大小の用ことなり、其位に切なることを先まなぶべし。主将たる人はいふに及ばず、士卒の長となる者も、兵術を知らざれば節制に応じがたし。大夫以上の人は兵術をしるべし。兵術は武芸の本なり。兵術をしらずして、弓馬剣戟の芸をのみ学ぶを武学と心得るは、本をすてて末をとるなり。主将たる人、兵術を知らずして、只武芸のみを学ぶは武学にはあらず。芸術のみを好みて本を知らざるは、物をもてあそべば志を喪ふの類なり。武芸は一人に敵する術なり、兵法は万人に敵する術なり。

人生を、一行の式にしてみた。
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