孫子 / 九地篇
疾戰則存,不疾戰則亡者,為死地。
新字:疾戦則存,不疾戦則亡者,為死地。
書き下し
疾く戦えば則ち存し、疾く戦わざれば則ち亡ぶ者を、死地と為す。
現代語訳
速やかに戦えば生き残り、速やかに戦わなければ滅びる場所を、死地という。
解説
第九の地であり、最後の分類である。定義そのものが行動を指定しているのが、他の八つと違う。他の地は状態の記述だが、死地は「速やかに戦うかどうか」で生死が決まると書かれている。選択肢が一つしかない場所である。孫子は死地では戦えと言う。当然だが、実際には難しい。追い詰められた人ほど、判断を先送りするからだ。もう少し様子を見る、もう一つ手を打ってから決める。その猶予が命取りになる。事業の危機でも同じことが起きる。資金が尽きかけているとき、最も高くつくのは決断の遅れである。死地の見分け方も定義に含まれている。速やかに動けば助かり、動かなければ滅びる。そう言える状態なら、それはもう死地である。迷う段階は過ぎている。
この章句が説くこと
死地決断奮起遅延危機速さ
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