剣徴 / 巧拙に勝負は論ぜられず
同、兩人接刄、巧拙不異、而勇士必勝者、何也、其行之誠也、勝負は巧拙に在らず、勇怯徑庭をなす、夫勇者不懼、故によく純一無雜也、是其勝を制する所以也、今世の武技を講ずる者は是に異也、巧拙を以て勝敗をなす、然れば我より劣れる者には勝ち、我より勝れる者には負け、我と同き者には同殺死に定む、如此は歲月の力を勞し生涯の切を盡も亦何の効驗か有ん、是みな者流の陋見のみ、五雜俎に、正統己巳之變、(此は明の英宗北狩の時をさす)、招募天下勇士、山西李通者、行敎京師、試其技藝、十八般皆能無人可與爲敵、遂應首選、然通後卒不以勳業顯、何也、是に由て觀之、巧拙にて勝負は論ぜられぬことぞ、左れば古より劍槍の上手、名人と稱せらるゝ者、
新字:同、両人接刄、巧拙不異、而勇士必勝者、何也、其行之誠也、勝負は巧拙に在らず、勇怯径庭をなす、夫勇者不懼、故によく純一無雑也、是其勝を制する所以也、今世の武技を講ずる者は是に異也、巧拙を以て勝敗をなす、然れば我より劣れる者には勝ち、我より勝れる者には負け、我と同き者には同殺死に定む、如此は歳月の力を労し生涯の切を尽も亦何の効験か有ん、是みな者流の陋見のみ、五雑俎に、正統己巳之変、(此は明の英宗北狩の時をさす)、招募天下勇士、山西李通者、行教京師、試其技芸、十八般皆能無人可与為敵、遂応首選、然通後卒不以勲業顕、何也、是に由て観之、巧拙にて勝負は論ぜられぬことぞ、左れば古より剣槍の上手、名人と称せらるゝ者、
書き下し
同じく、「両人刃を接し、巧拙異ならずして、勇士必ず勝つ者は何ぞや。其の行ふこと誠なればなり」と、勝負は巧拙に在らず、勇怯径庭をなす、夫勇者不懼、故によく純一無雑也、是其勝を制する所以也、今世の武技を講ずる者は是に異也、巧拙を以て勝敗をなす、然れば我より劣れる者には勝ち、我より勝れる者には負け、我と同き者には同殺死に定む、如此は歳月の力を労し生涯の切を尽も亦何の効験か有ん、是みな者流の陋見のみ、五雑組に、正統己巳の変、(此は明の英宗北狩の時をさす)、天下の勇士を招募す、山西の李通なる者、京師に行教し、其の技芸を試むるに、十八般皆能くし、与に敵を為すべき者無し、遂に首選に応ず、然れども通は後に卒に勲業を以て顕れず、何ぞや、是に由て観之、巧拙にて勝負は論ぜられぬことぞ、左れば古より剣槍の上手、名人と称せらるゝ者、
現代語訳
同じ篇に、「二人が刃を交えて、巧みさと拙さが違わないのに、勇士が必ず勝つのはなぜか。その行いが誠だからである」とあります。勝負は巧拙にあるのではなく、勇気と怯えとが大きく隔たるのです。勇者は恐れないので、純一で雑念がありません。これが勝ちを制する理由です。今の世の武技を講ずる者は、これと異なり、巧拙で勝敗を決めます。そうなると、自分より劣る者には勝ち、自分より優れる者には負け、自分と同じ者とは相討ちで終わると決まってしまいます。これでは歳月の力を費やして生涯の切磋を尽くしても、何の効果があるでしょうか。これはみな流派の狭い見識にすぎません。『五雑組』に、正統己巳の変(明の英宗が北へ連れ去られた時のこと)で天下の勇士を募ったとき、山西の李通という者が京師で教え、技芸を試されると十八般(武芸の全種目)をすべてこなし、相手になる者がなく、ついに首位に選ばれた、とあります。しかし通は後に、ついに功績で名を現すことがありませんでした。なぜでしょうか。これで考えれば、巧拙で勝負は論じられないのです。そして昔から、剣や槍の上手、名人と称される者が、
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『剣徴』・精神は剣より鋭し淮南子主術訓に「兵は心より憯きは莫く、而して莫邪は下と為す」とあり、原注に云ふ、憯は利也、志意精誠を以て人を伐つを利と為す、言心は、我精神を以て敵の心魂を砕くほどするどなることは無し、鏌鋣の名剣も及ぶ所に非ずと也、是は蜀の馬稷が心攻心戦の説也、敵の根本を摧きて見れば、枝葉は捨置ても破るゝと云こと也、手先のわざは枝葉也、魂は根本也、敵の魂を挫けば、手先の業は自ら用に達ぬことになり行と也、我純一無雑必死三昧の境に立ち、身を肉醤になして敵を殺死せんと願欲する念慮気魄、驀直端的に敵の心に透徹とつらぬき、感動とひゞけば、巧手上工のわざも用にたゝぬぞ、此に至て干将莫邪の鋭利も論ずるに足らざる也、是ひとり其理致有のみに非ず、既に事実の徴となすべき者有り、因て附載して以て互に原文の意を相発するもの爾り、必しも博考を衒に非ず、唯学者の考索に便りす、搜神記に「楚の熊渠子、夜行きて寝石を見、以て伏虎と為し、弓を彎きて之を射るに、金を没し羽を鍛す。下り視て其の石なるを知る。因りて後に之を射れば、矢摧けて迹無し。漢の世に復た李広有り、右北平の大守たりしとき、虎を射て石を得ること亦之の如し。劉向曰く、誠の至りなり。而して金石も之が為に開く。況や人に於いてをや。夫れ唱へて和せず、動きて随はざるは、中に以て全からざる者有ればなり」
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『淮南子』兵略訓今 兩人をして刃を接せしむるに、巧詘 異ならずして、勇士 必ず勝つ者は、何ぞや。其の行うこと之れ誠なればなり。夫れ巨斧を以て桐薪を擊つに、利時良日を待ちて而る後に之を破らず。巨斧を桐薪の上に加えて、人力の奉ずる無ければ、招搖に順い、刑德を挾むと雖も、而も破る能わざる者は、其の勢無きを以てなり。故に水 激すれば則ち悍く、矢 激すれば則ち遠し。夫れ栝淇衛箘簵、載するに銀錫を以てするも、薄縞の幨、腐荷の矰有りと雖も、然れども猶お獨り射る能わざるなり。之に筋角の力、弓弩の勢を假れば、則ち兕甲を貫きて革盾を徑るなり。夫れ風の疾きは、屋を飛ばし木を折るに至る。虛舉の下は大いに遲し。高丘より上るは、人の推す所有ればなり。是の故に善く兵を用うる者は、勢 積水を千仞の堤に決するが如く、員石を萬丈の溪に轉ずるが若し。天下 吾が兵の必ず用いらるるを見れば、則ち孰か敢えて我と戰わん者あらんや。故に百人の必死は、萬人の必北に賢る。況んや三軍の眾を以て、水火に赴きて踵を還さざるをや。天下に誂いて刃を合わすと雖も、誰か敢えて上に在らんや。
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『剣徴』・ためらいは蜂蠆に劣る漢書蒯通伝に「猛虎の猶与するは、蜂蠆の螫を致すに如かず。孟賁の狐疑するは、童子の必死するに如かず」とあり、虎狼猛からざるに非ず、孟賁勇ならざるに非ず、然れども猶与とためらひ、狐疑とあやぶみ、驀直に進取せざれば懼に足ぬぞ、反て蜂蠆の赤肉をさし、童子の短刀にて突のをそろしき者は、進と不進とに在り、武人玆にて悟べし、今死生の塲に立て、槍を合せ、剣を接するの時に至て、遷延却退し、或は回顧踟蹰するは皆玆に坐する者也、故に我が殺心気燄曾て発せず、精彩神元敵心に透徹せず、既に阿修羅界に在て、猶須臾の命根を保せんとを幸として、短き刀の陰に身をちゞめ、細き槍の柄に掩はれんとを欲す、其心の賤劣卑怯、喙を置に所無し、是以坐ながら敗亡をとりて、屍上猶羞辱を餘すに至る、吾党之士、請ふ此魔界を脱出し、超然として神武の域に入らんことを、司馬法に曰く、「刃上は果にして以て敏なり」、
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『剣徴』・迷いを断つ疾雷の決楚辞九歌に「首は離れ分るるも、心は懲りず」とあり、懲は創也、と注す、又創は傷也、又憎と同じく悲也、然ればひとりこる事のみに非ず、言心は、首と胴体と離れ離れになるとも、精神は曾て畏懼創傷せざると也、如此に武人精神を引立置に非ずんば、奈ぞ矢石鋒刃の間に立て我が本分を尽す事を得ん哉、竜韜軍勢篇に「功ある者は一決して猶予せず、是を以て疾雷も耳を掩ふに及ばず、迅電も目を瞑るに及ばず、之に赴くこと驚くが若く、之を用ふること狂ふが若し、之に当たる者は破れ、之に近づく者は亡ぶ」とあり、闘戦の道は、如此に見すゑた所有れば、猶予とためらひ、狐疑とうたがひ、逡巡顧望と跡へすさりたり、見合せたりする様にてはならざる也、夜狐引歌に、「逸物は追かけあとへふりむけば、其まゝとると云伝へ兎」、「鈍物は追かけあとへふりむけば、をちてとらねば手こそ多けれ」、此歌の心にて会得すべし、剣技者流の太刀からかひ、業けらへば、皆猶予狐疑の病となる、識者請ふ灑脱せよ、
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『剣徴』・一人必死、千人を懼れしむ呉子励士篇に「今、一死賊をして曠野に伏せしめ、千人之を追はば、梟視狼顧せざる莫し。何となれば、其の暴かに起こりて己を害せんことを恐るればなり。是を以て一人命を投ずれば、千夫を懼れしむるに足る」とあり、言心は、一人の死賊、曠野の広き原中に隠れ伏んに、千人の多勢これを追者梟視とうろつき、狼顧と驚く者は何ぞや、必死に決定したる賊の暴かに出て切てかゝらんとを恐るゝ也、然れば一人必死になれば千人の衆を懼れしむると也、此に由て考見れば、況や一人と一人との勝負に、かたく〱必死になりたらば、敵を挫かんこと枯木を折るよりもたやすかるべし、一人は切り勝て功名とせんと思ひ、一人は脚下則我が墓所と心得て、無二無三に踏込む、其相隔阻すると、殆んど天淵也、尉繚子制談篇に「一武、剣を仗りて市に撃てば、万人之を避けざる者無し。臣謂へらく、一人の独り勇なるに非ず、万人皆不肖なるなり。何となれば、必死と必生と、図ること倅ならざればなり」とあり、韓非子初見に「一人死を奮へば以て十に対すべく、十は以て百に対すべく、百は以て千に対すべく、千は以て万に対すべく、万は以て天下を尉(やす)んずべし」とあり、呂子論威篇に「持叙(聶政か)、必死を田侯に誓ひて斉国皆懼れ、予譲、必死を襄子に致して趙氏皆恐れ、成荊、死を韓王に致して周人皆畏る」とあるも、俱に其の義也、
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『剣徴』・水の純一、虚発の誠又博物志史補篇に出づ、同上、「楚王苑に遊ぶ。白猿焉に在り。王、善く射る者をして之を射しむ。矢数ば発すれども、猿は矢を搏ちて笑ふ。乃ち由基に命ず。由基弓を撫すれば、猿即ち木を抱きて号ぶ。六国の時に及び、更羸魏王に謂ひて曰く、臣能く虚発して鳥を下さん。魏王曰く、然らば則ち射は此に至るべきか。嬴曰く、可なり。有頃にして雁の東方より来たるを聞く。更嬴虚発して鳥下る」と、又淮南子及博物志に見ゆ、みな精神貫沖の説也、学者玩味せよ、尉繚子十二陵篇に「勝兵は水に似たり。夫れ水は至って柔弱なる者なり。然れども触るる所の丘陵は必ず之が為に崩る。異なること無し。性専らにして触るること誠なればなり」とあり、言心は、敵に打勝ところの軍は水に似たり、触れ当る所みな砕け破るゝと也、その水と云者は至て柔弱なる者なれども、その触れ干す所は、丘陵のをかも之が為に崩るゝ者は、水の性が一途なる者にして、触るゝこと又純一なる故也となり、武人是に於て感悟すべし、今の技芸をなす者、敵に対するや否や、右と見せて左を打ち、裾と見せて首を打つ、一切みなだましたり、すかしたりすることにかゝつて居る故、吾が殺気かつて敵の胴腹に透徹とつらぬかず、由て敵も何とも思はず居るが故に、又自由自在なることをするぞ、悲哉悲哉、如此にして、生涯霜辛雪苦すと云とも、畢竟酔生夢死の塲にして、うだつのあがることは無き也、冀は、水の性専にして触るること誠なれば、丘陵これが為に崩潰するの義に由て、脱然として醒悟し、実心を以て実事を行ひ、独立自在の妙境に至らば、眼光所射、敵人不能対面、殆んど朝日の人目を眩耀するが如ならんと云、

人生を、一行の式にしてみた。
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