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剣徴 / 一人必死、千人を懼れしむ

吳子勵士篇、今使一死賊伏於曠野、千人追之、莫不梟視狼顧、何者、恐其暴起而害己也、是以一人投命、足懼千夫、言心は、一人の死賊、曠野の廣き原中に隱れ伏んに、千人の多勢これを追者梟視とうろつき、狼顧と驚く者は何ぞや、必死に決定したる賊の暴かに出て切てかゝらんとを恐るゝ也、然れば一人必死になれば千人の衆を懼れしむると也、此に由て考見れば、況や一人と一人との勝負に、かたく〱必死になりたらば、敵を挫かんこと枯木を折るよりもたやすかるべし、一人は切り勝て功名とせんと思ひ、一人は脚下則我が墓所と心得て、無二無三に踏込む、其相隔阻すると、殆んど天淵也、尉繚子制談篇、一武仗劍擊於市、萬人無不避之者、臣謂非一人之獨勇、萬人皆不肖也、何則必死與必生圖不倅也、韓非子初見、一人奮死可以對十、十可以對百、百可以對千、千可以對萬、萬可尉天下矣、呂子論威篇、持叙誓必死於田侯而齊國皆懼、豫讓必死於襄子而趙氏皆恐、成荆致死於韓王而周人皆畏、俱其義也、

新字:呉子励士篇、今使一死賊伏於曠野、千人追之、莫不梟視狼顧、何者、恐其暴起而害己也、是以一人投命、足懼千夫、言心は、一人の死賊、曠野の広き原中に隠れ伏んに、千人の多勢これを追者梟視とうろつき、狼顧と驚く者は何ぞや、必死に決定したる賊の暴かに出て切てかゝらんとを恐るゝ也、然れば一人必死になれば千人の衆を懼れしむると也、此に由て考見れば、況や一人と一人との勝負に、かたく〱必死になりたらば、敵を挫かんこと枯木を折るよりもたやすかるべし、一人は切り勝て功名とせんと思ひ、一人は脚下則我が墓所と心得て、無二無三に踏込む、其相隔阻すると、殆んど天淵也、尉繚子制談篇、一武仗剣撃於市、万人無不避之者、臣謂非一人之独勇、万人皆不肖也、何則必死与必生図不倅也、韓非子初見、一人奮死可以対十、十可以対百、百可以対千、千可以対万、万可尉天下矣、呂子論威篇、持叙誓必死於田侯而斉国皆懼、予譲必死於襄子而趙氏皆恐、成荆致死於韓王而周人皆畏、倶其義也、

書き下し

呉子励士篇に「今、一死賊をして曠野に伏せしめ、千人之を追はば、梟視狼顧せざる莫し。何となれば、其の暴かに起こりて己を害せんことを恐るればなり。是を以て一人命を投ずれば、千夫を懼れしむるに足る」とあり、言心は、一人の死賊、曠野の広き原中に隠れ伏んに、千人の多勢これを追者梟視とうろつき、狼顧と驚く者は何ぞや、必死に決定したる賊の暴かに出て切てかゝらんとを恐るゝ也、然れば一人必死になれば千人の衆を懼れしむると也、此に由て考見れば、況や一人と一人との勝負に、かたく〱必死になりたらば、敵を挫かんこと枯木を折るよりもたやすかるべし、一人は切り勝て功名とせんと思ひ、一人は脚下則我が墓所と心得て、無二無三に踏込む、其相隔阻すると、殆んど天淵也、尉繚子制談篇に「一武、剣を仗りて市に撃てば、万人之を避けざる者無し。臣謂へらく、一人の独り勇なるに非ず、万人皆不肖なるなり。何となれば、必死と必生と、図ること倅ならざればなり」とあり、韓非子初見に「一人死を奮へば以て十に対すべく、十は以て百に対すべく、百は以て千に対すべく、千は以て万に対すべく、万は以て天下を尉(やす)んずべし」とあり、呂子論威篇に「持叙(聶政か)、必死を田侯に誓ひて斉国皆懼れ、予譲、必死を襄子に致して趙氏皆恐れ、成荊、死を韓王に致して周人皆畏る」とあるも、俱に其の義也、

現代語訳

『呉子』励士篇に「今、一人の死を覚悟した賊を広い野に伏せさせ、千人でこれを追うとします。千人はみな、梟のように目を据え、狼のように振り返って警戒します。なぜか。その賊が突然飛び出して自分を害することを恐れるからです。だから一人が命を投げ出せば、千人を恐れさせるのに十分です」とあります。この心は、一人の死を覚悟した賊が広い野原に隠れ伏していると、千人もの大勢がこれを追いながら、梟のようにうろつき、狼のように振り返って驚くのはなぜか。必死と決めた賊が突然出て斬りかかるのを恐れるからです。つまり一人が必死になれば、千人の大衆を恐れさせるということです。これで考えれば、まして一人対一人の勝負で、片方が固く必死になれば、敵を挫くのは枯れ木を折るより簡単です。一方は斬り勝って手柄にしようと思い、一方は足元がそのまま自分の墓場と心得て、無二無三に踏み込む。両者の隔たりは、ほとんど天と地です。『尉繚子』制談篇に「一人の武士が剣を握って市で打ち掛かれば、万人の中に避けない者はいない。私は、それは一人だけが勇敢だからではなく、万人みなが不肖だからだと思う。なぜか。必死と必生とでは、向き合う覚悟が同じでないからだ」とあります。『韓非子』初見に「一人が死を奮えば十人に対抗でき、十人は百人に、百人は千人に、千人は万人に対抗でき、万人は天下を安んじることができる」とあります。『呂氏春秋』論威篇に「持叙(聶政のことか)は田侯に必死を誓って斉の国中が恐れ、予譲は襄子に必死で向かって趙氏がみな恐れ、成荊は韓王に死を致して周の人々がみな畏れた」とあるのも、すべて同じ意味です。

解説

一人の必死者が千人を恐れさせるという『呉子』の議論に、『尉繚子』『韓非子』『呂氏春秋』を重ね、覚悟の差が勝敗を分けると示します。手柄を狙う者と足元を墓場と心得る者では、天地ほど隔たると言います。無謀の勧めではなく、覚悟が相手の心に及ぼす力の説明です。現代の組織でも、責任を引き受けて退路を断った人の迫力は周囲を動かします。部下に任せるときも、最後は自分が責任を取る覚悟を示すと、チームの本気度は変わります。

この章句が説くこと

必死呉子尉繚子韓非子覚悟剣徴

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