啓発録 / 振氣
シカルニ今ノ世ニモ猶未ダ士ヲ貴ヒ町人百姓抔御士樣ト申唱フルハ全ク士ノ士タル處ヲ貴ビ候ニテハ無之哉君ノ御威光ニ畏服致シ居候故無據貌ノミヲ敬ヒ候コトナリ其證據ハムカシノ士ハ平常ハ鋤鍬持土クジリ致シ居候得共不斷ニ恥辱ヲ知リ人ノ下ニ屈セズ心逞シキ者ユヘマサカ事有ルトキハ吾 大御帝或ハ將軍家抔ヨリ募リ召寄セラレ候ヘバ忽チ鋤鍬打擲テ物具ヲ帶シテ千百人ノ長トナリ虎ノ如ク狼ノ如ク軍兵バラヲ指揮シテ臂ノ指ヲ使フゴトク致ス事成レハ芳名ヲ靑史ニ垂レ事敗ルレハ屍ヲ原野ニ暴シ富貴利達死生患難ヲ以テ其心ヲカヘ申サヌ大勇猛大剛强ノ處有之ユエ
新字:シカルニ今ノ世ニモ猶未ダ士ヲ貴ヒ町人百姓抔御士様ト申唱フルハ全ク士ノ士タル処ヲ貴ビ候ニテハ無之哉君ノ御威光ニ畏服致シ居候故無拠貌ノミヲ敬ヒ候コトナリ其証拠ハムカシノ士ハ平常ハ鋤鍬持土クジリ致シ居候得共不断ニ恥辱ヲ知リ人ノ下ニ屈セズ心逞シキ者ユヘマサカ事有ルトキハ吾 大御帝或ハ将軍家抔ヨリ募リ召寄セラレ候ヘバ忽チ鋤鍬打擲テ物具ヲ帯シテ千百人ノ長トナリ虎ノ如ク狼ノ如ク軍兵バラヲ指揮シテ臂ノ指ヲ使フゴトク致ス事成レハ芳名ヲ青史ニ垂レ事敗ルレハ屍ヲ原野ニ暴シ富貴利達死生患難ヲ以テ其心ヲカヘ申サヌ大勇猛大剛強ノ処有之ユエ
書き下し
しかるに今の世にも猶未だ士を貴ひ、町人百姓抔、御士様と申唱ふるは、全く士の士たる処を貴び候にては無之哉。君の御威光に畏服致し居候故、無拠貌のみを敬ひ候ことなり。其証拠は、むかしの士は平常は鋤鍬持、土くじり致し居候得共、不断に恥辱を知り、人の下に屈せず、心逞しき者ゆへ、まさか事有るときは、吾大御帝或は将軍家抔より募り召寄せられ候へば、忽ち鋤鍬打擲て、物具を帯して千百人の長となり、虎の如く狼の如く軍兵ばらを指揮して、臂の指を使ふごとく致す。事成れは芳名を青史に垂れ、事敗るれは屍を原野に暴し、富貴利達死生患難を以て其心をかへ申さぬ大勇猛大剛強の処有之ゆえ、
現代語訳
それでも今の世にもなお、士を貴び、町人や百姓などが「御士様」と呼び唱えるのは、まったく士が士であるところを貴んでのことではないのでしょうか。主君の御威光に畏れ服しているため、やむを得ず、外見だけを敬っているのです。その証拠に、昔の士は普段は鋤や鍬を持って土いじりをしていましたが、絶えず恥辱を知り、人の下に屈せず、心のたくましい者だったので、いざ事があるときは、わが大御帝あるいは将軍家などから募られ召し寄せられると、たちまち鋤や鍬を打ち捨てて武具を帯び、千人百人の長となり、虎のように狼のように兵たちを指揮して、ひじが指を使うように采配しました。事が成れば芳名を青史に垂れ、事に敗れれば屍を原野にさらし、富貴や栄達、生死や患難によってその心を変えることのない、大勇猛・大剛強のところがあったので、
解説
この章句が説くこと
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啓発録・振氣然る処、太平久敷打続き、士風柔弱佞媚に陥り、武門に生れながら武道を忘却致し、位を望み、女色を好み、利に走り、勢に附く事のみにふけり候処より、右の人に負ぬ恥辱のことは堪へずと申す雄々しき丈夫の心くだけなまりて、腰にこそ両刀を帯すれ、太物包をかつぎたる商人、樽を荷せたる、樽ひろいよりもおとりて、纔に雷の声を聞き、犬の吠ゆるを聞ても、却歩する事とは成にけり。偖々可嘆之至にこそ。
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