肝要工夫録 / 欲を去り義に座す
血氣にはやる者は不義の爲に、大切の一命を捨つるの不道をも仕出すか、又は外剛强にして、內に臆病を構ふるかにて、血氣は聖賢の憎む所なり。勇の正體を得むと思はゞ、先づ欲を去るべし。身を惜むの欲ある故に、臆病が出るなり。此欲を取つて除るときは、雷が落やうが、天狗がさらはふが、狐狸が化さふが、幽靈が出やうが、生靈死靈が取つかふが、千萬の大敵が來たらふが、其者どもの勝手次第にて、我は泰然として、我が義理に安坐するのみ。如此に心得るときは、凡そ天地の間に恐るべきものは義理より外に、一つもなく、誠に大剛の者となるべき事なれば、日夜義理に安坐して、大剛を以て、私欲に勝ち、人たるの道を仕遂ぐる工夫こそ、肝要の事なれ。
新字:血気にはやる者は不義の為に、大切の一命を捨つるの不道をも仕出すか、又は外剛強にして、内に臆病を構ふるかにて、血気は聖賢の憎む所なり。勇の正体を得むと思はゞ、先づ欲を去るべし。身を惜むの欲ある故に、臆病が出るなり。此欲を取つて除るときは、雷が落やうが、天狗がさらはふが、狐狸が化さふが、幽霊が出やうが、生霊死霊が取つかふが、千万の大敵が来たらふが、其者どもの勝手次第にて、我は泰然として、我が義理に安坐するのみ。如此に心得るときは、凡そ天地の間に恐るべきものは義理より外に、一つもなく、誠に大剛の者となるべき事なれば、日夜義理に安坐して、大剛を以て、私欲に勝ち、人たるの道を仕遂ぐる工夫こそ、肝要の事なれ。
書き下し
血氣にはやる者は不義の爲に、大切の一命を捨つるの不道をも仕出すか、又は外剛强にして、內に臆病を構ふるかにて、血氣は聖賢の憎む所なり。勇の正體を得むと思はゞ、先づ欲を去るべし。身を惜むの欲ある故に、臆病が出るなり。此欲を取つて除るときは、雷が落やうが、天狗がさらはふが、狐狸が化さふが、幽靈が出やうが、生靈死靈が取つかふが、千萬の大敵が來たらふが、其者どもの勝手次第にて、我は泰然として、我が義理に安坐するのみ。如此に心得るときは、凡そ天地の間に恐るべきものは義理より外に、一つもなく、誠に大剛の者となるべき事なれば、日夜義理に安坐して、大剛を以て、私欲に勝ち、人たるの道を仕遂ぐる工夫こそ、肝要の事なれ。
現代語訳
血気にはやる者は、不義のために大切な一命を捨てる不道をしでかすか、または外は剛強で内に臆病を構えるかで、血気は聖賢の憎むところです。勇の正体を得ようと思うなら、まず欲を去るべきです。身を惜しむ欲があるので、臆病が出るのです。この欲を取り除くときは、雷が落ちようが、天狗がさらおうが、狐狸が化かそうが、幽霊が出ようが、生霊死霊が取りつこうが、千万の大敵が来ようが、そのものたちの勝手次第で、自分は泰然として、自分の義理に安座するのみです。このように心得るときは、およそ天地の間に恐れるべきものは義理のほかに一つもなく、誠に大剛の者となれるのですから、日夜義理に安座し、大剛をもって私欲に勝ち、人たる道を成し遂げる工夫こそ、肝要です。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武士訓』卷二・第8段武士は勇をうちにふくみて。外にあらはさゞること本意なり。文武を兼學て後自得すべし。但し武道にのみこゝろを用る者。年齡にて。心術ねれざるうちは。裏に勇をふくめば。かならず表にも見ゆるなり。古語に珠藏而川媚。玉韞而山輝といへるごとし。これを怯弱の者は。うわさものなどと見あやまつたぐひあり。又生得暴惡にして不義の徒もあり。おの〳〵言行をためしみて後さとすべし。今の俗をみるに。和愛ある人は柔弱に。勇敢の人は麁暴なり。こゝをもつて。前にいへるごとく。はじめに書をよませて道をしらしめ。後に武術をならはすべし。かくのごとくまなぶときは。柔弱麁暴二つのゐえ有べからず。
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『文武訓』武訓下一勇者は外をあらくせず。荀子が、能く定つて後能く応ずといへるが如くなるべし。いふ意は、敵にむかひては、心をしづかに定めてうごかさずして、よく敵に勝つ。外に気をうごかして、かるがるしくさわがしきは、内に敵に応ずべき根なし。人に勝ちがたし。
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『武士道』第四章 勇・敢爲堅忍の精神・生くべき時に生き死すべき時に死すされど生くべき時に生き、死すべき時に死するは真の勇なり』と。又た泰西の識者の、肉体の勇と道徳の勇とを区別するが如きは、我国人も亦たつとに之を為す。いやしくも士林に在る者は、小少より既に大勇と匹夫の勇とを弁知せざるものなかりしならん。剛毅、大胆、自若、勇猛の徳性は、青年武士の嚮往する所にして、彼等は実例に則り、実行に由り、世の最も尊尚する此徳を磨厲して、敢て人後に落ちざらんことを努めたり。孩提の児童と雖、なお母の懐に在りて、武功譚、英雄物語に耳を傾け、もし苦痛を哀訴することあらんか、母は『些少の苦痛に泣くは卑怯者』と呵し、継ぐに『戦場に出でて、腕を断たれなば何如。切腹を命ぜられなば何如』等の属語を以てしたり。
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