肝要工夫録 / 身分相応の礼義
その第一に文武忠孝を勵まし、禮義を正すべき事とある、其禮義は、日本の禮義にて、いかにも上の御示にしたがひ、御旗本は御旗本らしく、御家人は御家人らしく、百姓は百姓らしく、商人は商人らしきがよきなり。然るを、學者なりとて、常に唐人の眞似をし、あまつさへ、親兄抔の葬式も儒葬などにして、臥棺の類に物入をかけ、酒肉を備へ、第一の哀戚の情は脇へ除け置きて、浮屠を散々にそしり抔する者も、まゝあることにて、笑止の事なり。すでに上にて兩山を建て置かれ、御法事その外皆佛法を御取用あることなれば、たとへ、佛法を信ぜざればとても、上の御敎に從ふべき事、第一の禮義なる事を知らず、これみな時所位を知らざる學者の失なり。(儒者などにて、其道を以て事ふる者は、格別の事なり。)又無學のものは、武士が藝者、河原ものゝ眞似をしたり、商人が武士の眞似をしたり、百姓が江戶者の眞似をしたりするは、みな時所位を知らざるの失なり。されば實學に志し、唯だ日用時所位にかなふ處を工夫すべし、是は國を治め、家を齊へ、身を修むるの肝要なるべし。
新字:その第一に文武忠孝を励まし、礼義を正すべき事とある、其礼義は、日本の礼義にて、いかにも上の御示にしたがひ、御旗本は御旗本らしく、御家人は御家人らしく、百姓は百姓らしく、商人は商人らしきがよきなり。然るを、学者なりとて、常に唐人の真似をし、あまつさへ、親兄抔の葬式も儒葬などにして、臥棺の類に物入をかけ、酒肉を備へ、第一の哀戚の情は脇へ除け置きて、浮屠を散々にそしり抔する者も、まゝあることにて、笑止の事なり。すでに上にて両山を建て置かれ、御法事その外皆仏法を御取用あることなれば、たとへ、仏法を信ぜざればとても、上の御教に従ふべき事、第一の礼義なる事を知らず、これみな時所位を知らざる学者の失なり。(儒者などにて、其道を以て事ふる者は、格別の事なり。)又無学のものは、武士が芸者、河原ものゝ真似をしたり、商人が武士の真似をしたり、百姓が江戸者の真似をしたりするは、みな時所位を知らざるの失なり。されば実学に志し、唯だ日用時所位にかなふ処を工夫すべし、是は国を治め、家を斉へ、身を修むるの肝要なるべし。
書き下し
その第一に文武忠孝を勵まし、禮義を正すべき事とある、其禮義は、日本の禮義にて、いかにも上の御示にしたがひ、御旗本は御旗本らしく、御家人は御家人らしく、百姓は百姓らしく、商人は商人らしきがよきなり。然るを、學者なりとて、常に唐人の眞似をし、あまつさへ、親兄抔の葬式も儒葬などにして、臥棺の類に物入をかけ、酒肉を備へ、第一の哀戚の情は脇へ除け置きて、浮屠を散々にそしり抔する者も、まゝあることにて、笑止の事なり。すでに上にて兩山を建て置かれ、御法事その外皆佛法を御取用あることなれば、たとへ、佛法を信ぜざればとても、上の御敎に從ふべき事、第一の禮義なる事を知らず、これみな時所位を知らざる學者の失なり。(儒者などにて、其道を以て事ふる者は、格別の事なり。)又無學のものは、武士が藝者、河原ものゝ眞似をしたり、商人が武士の眞似をしたり、百姓が江戶者の眞似をしたりするは、みな時所位を知らざるの失なり。されば實學に志し、唯だ日用時所位にかなふ處を工夫すべし、是は國を治め、家を齊へ、身を修むるの肝要なるべし。
現代語訳
その第一に「文武忠孝を励まし、礼義を正すべきこと」とあり、その礼義は日本の礼義で、いかにも上の御示しに従い、御旗本は御旗本らしく、御家人は御家人らしく、百姓は百姓らしく、商人は商人らしくするのがよいのです。それなのに、学者だからといって、常に唐人の真似をし、あまつさえ親兄などの葬式も儒葬にして、臥棺の類に費用をかけ、酒肉を供え、第一の哀戚の情はわきへ置き、仏教を散々にそしるなどする者もたまにあって、笑止のことです。すでに上で両山を建て置かれ、法事そのほかみな仏法をお取り用いなのですから、たとえ仏法を信じなくても、上の御教えに従うのが第一の礼義であることを知らないのは、みな時所位を知らない学者の失敗です。(儒者などでその道をもって仕える者は、格別のことです。)また、無学の者は、武士が芸者や役者の真似をしたり、商人が武士の真似をしたり、百姓が江戸者の真似をしたりしますが、みな時所位を知らない失敗です。ですから、実学に志し、ただ日常の時所位にかなうところを工夫すべきです。これは国を治め、家を整え、身を修める肝要となるでしょう。
解説
この章句が説くこと
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