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肝要工夫録 / 倹約と吝嗇の違い

儉約の心付もなく、世間一同に困窮などゝいふて、心ならぬ不義理合をする事を恥とせざること、淺ましきことならずや、借金ある輩は、はやく無鄰の敎を正直に守りて、借金を濟まし、己が祿相應に武器の用意もありて、非常の備も心掛べき事なり。然れども、儉約の失に、吝嗇といふ憂あり、よく〱此所を工夫すべし。吝嗇とは、爲すべきこともせず、人の咽口をもほして、唯だ金銀を積むをいふ。畢竟金銀を貯ふといふも、非常の備になし、親類緣者、その外、朋友出入の者までも、難義困窮を助くべき金錢なるを、唯だ積み置きて施す事もなければ、石瓦同前のことなり。その上、石瓦は盜人の望なき者なれば、持主も心安かるべし。金銀は盜人の望む所なれば、甚だ不安心のことなり。故にひたすらに惜む心より、金銀を多く積みて番をする者を、守錢奴と云ふて、嚇かし心苦しからむ。儉約は左にあらず、無益の費ならば、一紙半錢も出す事なく、唯だ天下の財をみだりに費す事をおそるべし、又義にあたりなば、身命をも、妻子をも、家をも、祿をも、名も恥も惜む事なかるべし、いはんや、金銀財寶をや。

新字:倹約の心付もなく、世間一同に困窮などゝいふて、心ならぬ不義理合をする事を恥とせざること、浅ましきことならずや、借金ある輩は、はやく無鄰の教を正直に守りて、借金を済まし、己が禄相応に武器の用意もありて、非常の備も心掛べき事なり。然れども、倹約の失に、吝嗇といふ憂あり、よく〱此所を工夫すべし。吝嗇とは、為すべきこともせず、人の咽口をもほして、唯だ金銀を積むをいふ。畢竟金銀を貯ふといふも、非常の備になし、親類縁者、その外、朋友出入の者までも、難義困窮を助くべき金銭なるを、唯だ積み置きて施す事もなければ、石瓦同前のことなり。その上、石瓦は盗人の望なき者なれば、持主も心安かるべし。金銀は盗人の望む所なれば、甚だ不安心のことなり。故にひたすらに惜む心より、金銀を多く積みて番をする者を、守銭奴と云ふて、嚇かし心苦しからむ。倹約は左にあらず、無益の費ならば、一紙半銭も出す事なく、唯だ天下の財をみだりに費す事をおそるべし、又義にあたりなば、身命をも、妻子をも、家をも、禄をも、名も恥も惜む事なかるべし、いはんや、金銀財宝をや。

書き下し

儉約の心付もなく、世間一同に困窮などゝいふて、心ならぬ不義理合をする事を恥とせざること、淺ましきことならずや、借金ある輩は、はやく無鄰の敎を正直に守りて、借金を濟まし、己が祿相應に武器の用意もありて、非常の備も心掛べき事なり。然れども、儉約の失に、吝嗇といふ憂あり、よく〱此所を工夫すべし。吝嗇とは、爲すべきこともせず、人の咽口をもほして、唯だ金銀を積むをいふ。畢竟金銀を貯ふといふも、非常の備になし、親類緣者、その外、朋友出入の者までも、難義困窮を助くべき金錢なるを、唯だ積み置きて施す事もなければ、石瓦同前のことなり。その上、石瓦は盜人の望なき者なれば、持主も心安かるべし。金銀は盜人の望む所なれば、甚だ不安心のことなり。故にひたすらに惜む心より、金銀を多く積みて番をする者を、守錢奴と云ふて、嚇かし心苦しからむ。儉約は左にあらず、無益の費ならば、一紙半錢も出す事なく、唯だ天下の財をみだりに費す事をおそるべし、又義にあたりなば、身命をも、妻子をも、家をも、祿をも、名も恥も惜む事なかるべし、いはんや、金銀財寶をや。

現代語訳

倹約の心付きもなく、世間一同に困窮などと言って、心ならずも不義理をすることを恥としないのは、嘆かわしいことではありませんか。借金のある者は、早く無鄰の教えを正直に守って借金を済ませ、自分の禄相応に武器の用意もあり、非常の備えも心掛けるべきです。しかし、倹約の失敗に、吝嗇という憂いがあります。よくよくここを工夫すべきです。吝嗇とは、なすべきこともせず、人の咽喉をも干して、ただ金銀を積むことをいいます。つまるところ金銀を貯えるのは、非常の備えにし、親類縁者、そのほか朋友や出入りの者までも、難儀困窮を助けるための金銭であるのに、ただ積み置いて施すこともなければ、石や瓦と同じです。そのうえ、石や瓦は盗人が望まないものですから、持ち主も安心です。金銀は盗人の望むものですから、非常に不安です。だから、ひたすら惜しむ心から、金銀を多く積んで番をする者を、守銭奴といい、脅かされ心苦しいことでしょう。倹約はそうではなく、無益の出費なら、一紙半銭も出さず、ただ天下の財をみだりに費やすことを恐れるべきです。また義に当たるなら、身命も、妻子も、家も、禄も、名も恥も惜しむことはありません。まして金銀財宝を惜しむことはありません。

解説

倹約と吝嗇を分ける条です。吝嗇は、なすべきこともせず、ただ金銀を積むこと。蓄えは非常の備えや人の難儀を助けるためで、施さない金銀は石や瓦と同じだと言います。しかも盗人が狙うので持ち主は不安になるという指摘は鋭いところです。倹約は無益な出費を一銭も出さず、義にかなう支出は惜しまない、という基準を示します。現代の経営では、削るべきコストと、人材育成や信用など投じるべき支出を見極める力に通じます。守りの数字だけを追うと、組織の活力を失うでしょう。

この章句が説くこと

倹約吝嗇守銭奴非常の備え義施し

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