肝要工夫録 / 克己の堪忍
道理より此二字をいはば、孔夫子、顏子への敎に克己復禮とのたまひて、その己に克つの工夫が堪忍の二字なり。されば己の私欲きざすときは、いさゝかの事なりとも、いたく堪忍して、道理に立ちもどることにて、腹の立つのも堪忍し、欲の貪りたきもかんにんし、色欲の起るもかんにんし、酒食の好みもかんにんし、悋氣嫉妬もかんにんし、朝寢したきもかんにんし、惰慢逸遊したきもかんにんし、貧窶苦勞も堪忍し、何事も私欲より發る望み好みは、一々堪忍することにて、凡そ人たる者、肝要の工夫、これほど日用に貴きものなければ、片時も忘れず、よく私欲を取りひしぎて、道理にたち歸るべし。(堪忍のことは、義堂の敎諭錄などに、深切にしめしあることなれば、熟覽すべきことなり。)道歌に、
新字:道理より此二字をいはば、孔夫子、顔子への教に克己復礼とのたまひて、その己に克つの工夫が堪忍の二字なり。されば己の私欲きざすときは、いさゝかの事なりとも、いたく堪忍して、道理に立ちもどることにて、腹の立つのも堪忍し、欲の貪りたきもかんにんし、色欲の起るもかんにんし、酒食の好みもかんにんし、悋気嫉妬もかんにんし、朝寝したきもかんにんし、惰慢逸遊したきもかんにんし、貧窶苦労も堪忍し、何事も私欲より発る望み好みは、一々堪忍することにて、凡そ人たる者、肝要の工夫、これほど日用に貴きものなければ、片時も忘れず、よく私欲を取りひしぎて、道理にたち帰るべし。(堪忍のことは、義堂の教諭録などに、深切にしめしあることなれば、熟覧すべきことなり。)道歌に、
書き下し
道理より此二字をいはば、孔夫子、顏子への敎に克己復禮とのたまひて、その己に克つの工夫が堪忍の二字なり。されば己の私欲きざすときは、いさゝかの事なりとも、いたく堪忍して、道理に立ちもどることにて、腹の立つのも堪忍し、欲の貪りたきもかんにんし、色欲の起るもかんにんし、酒食の好みもかんにんし、悋氣嫉妬もかんにんし、朝寢したきもかんにんし、惰慢逸遊したきもかんにんし、貧窶苦勞も堪忍し、何事も私欲より發る望み好みは、一々堪忍することにて、凡そ人たる者、肝要の工夫、これほど日用に貴きものなければ、片時も忘れず、よく私欲を取りひしぎて、道理にたち歸るべし。(堪忍のことは、義堂の敎諭錄などに、深切にしめしあることなれば、熟覽すべきことなり。)道歌に、
現代語訳
道理からこの二字をいえば、孔子が顔子への教えに「己に克ち礼に復る」とおっしゃり、その己に克つ工夫が堪忍の二字です。ですから、己の私欲が兆すときは、わずかなことでも強く堪忍して、道理に立ち戻ることで、腹の立つのも堪忍し、欲の貪りたいのも堪忍し、色欲の起こるのも堪忍し、酒食の好みも堪忍し、悋気嫉妬も堪忍し、朝寝したいのも堪忍し、怠け遊びたいのも堪忍し、貧窮の苦労も堪忍し、何事も私欲から生じる望みや好みは、一つ一つ堪忍することです。およそ人たる者の肝要の工夫として、これほど日常に貴いものはありませんから、片時も忘れず、よく私欲を押さえつけて、道理に立ち帰るべきです。(堪忍のことは、義堂の『教諭録』などに親切に示してあるので、よく熟覧しなさい。)道歌に、
解説
この章句が説くこと
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論語・先進篇子曰く、回や其れ庶からんか、屢々空し。賜は命を受けずして貨殖す。億れば則ち屢々中たる。
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孔子家語・七十二弟子解顏回は、魯の人、字は子淵、年二十九にして髪白く、三十一にして早死す。孔子曰わく、「吾に回有りてより、門人日々に益々親しむ」と。回の徳行著名にして、孔子其の仁を称す。

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