肝要工夫録 / 非義の財の毒
又小人非義の財を求むること、たとへば漏脯の毒を食ふて、しばらくの饑をすくひ、鴆酒を飮んで、僅の渴を止むるが如し、饑渴は止るといへども、その毒氣に觸れて死するなり。かゝる後難ある事を知らずして、非義の行をなすものを、正道の人より見る時は、譬へば、下手の碁を上手の見るが如く、今に彼石を取らるゝが、こゝには目を持ち難きと、はら〱して觀るごとくにて、今に天罰を蒙らむ、今に禍が來たるべしと、こゝを以て、古しへの聖人、忍びがたき御心より、敎といふものを立て置き玉ひて、これにしたがひ安樂ならむことを欲したまふ事なり。されば、人たる者、常に聖人の敎を尊み、寸陰も道を行ふことを忘れず、人倫の和睦をのみ成さむと思ふこそ、肝要のことなれ。
新字:又小人非義の財を求むること、たとへば漏脯の毒を食ふて、しばらくの饑をすくひ、鴆酒を飲んで、僅の渇を止むるが如し、饑渇は止るといへども、その毒気に触れて死するなり。かゝる後難ある事を知らずして、非義の行をなすものを、正道の人より見る時は、譬へば、下手の碁を上手の見るが如く、今に彼石を取らるゝが、こゝには目を持ち難きと、はら〱して観るごとくにて、今に天罰を蒙らむ、今に禍が来たるべしと、こゝを以て、古しへの聖人、忍びがたき御心より、教といふものを立て置き玉ひて、これにしたがひ安楽ならむことを欲したまふ事なり。されば、人たる者、常に聖人の教を尊み、寸陰も道を行ふことを忘れず、人倫の和睦をのみ成さむと思ふこそ、肝要のことなれ。
書き下し
又小人非義の財を求むること、たとへば漏脯の毒を食ふて、しばらくの饑をすくひ、鴆酒を飮んで、僅の渴を止むるが如し、饑渴は止るといへども、その毒氣に觸れて死するなり。かゝる後難ある事を知らずして、非義の行をなすものを、正道の人より見る時は、譬へば、下手の碁を上手の見るが如く、今に彼石を取らるゝが、こゝには目を持ち難きと、はら〱して觀るごとくにて、今に天罰を蒙らむ、今に禍が來たるべしと、こゝを以て、古しへの聖人、忍びがたき御心より、敎といふものを立て置き玉ひて、これにしたがひ安樂ならむことを欲したまふ事なり。されば、人たる者、常に聖人の敎を尊み、寸陰も道を行ふことを忘れず、人倫の和睦をのみ成さむと思ふこそ、肝要のことなれ。
現代語訳
また、小人が義にそむく財を求めるのは、たとえば、腐った干し肉の毒を食べてしばらくの飢えをしのぎ、鴆の毒入りの酒を飲んで少しの渇きを止めるようなものです。飢えや渇きは止まっても、その毒気に触れて死ぬのです。このような後の災いがあることを知らずに、義にそむく行いをする者を、正しい道の人が見るときは、たとえば、下手な碁を上手な人が見るように、いまにあの石を取られる、ここには目が持てないと、はらはらして見るようなものです。いまに天罰を受ける、いまに禍が来ると思うのです。こうしたわけで、古の聖人が忍びがたい御心から教えというものを立て置かれ、それに従って人々が安楽であるようにと望まれたのです。ですから、人たる者は、常に聖人の教えを尊び、わずかな間も道を行うことを忘れず、人倫の和睦だけを成そうと思うことが肝要です。
解説
この章句が説くこと
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『肝要工夫録』・道を行う楽しみ道を行ふとは、前にいふ聖人の立て置かれたる人倫の道を身に行ふことなり。この道、行ふ時は行ひやすし。行はざる時は行ひがたし。たとへば、毎日歩行する人は、その歩行を安樂なりとして喜び、休息するを却つて厭ふが如し。又道路を行くが如きは、其道に目を放たず行く時は、あやまつことなく、勞少くして其志すところの地に至るべし。扨て又此道を踏み違ふ者を近くいはば、道の左に千尋嶮岨の谷あり、其內に魑魅の類、變化をなして、宮殿樓閣を現じ、金銀珠玉を彫ばめ、美女の形をあらはし、妓樂を奏するあらむに、是に心を奪はるゝ時は、思はずも、左の谷へ至るが如く、はなはだ危く、終には谷に落ち入りて、死するにも及ぶなり。
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