肝要工夫録 / 己のための学問
井の中の蛙とやらむ、樂もその境界によりて、かはるものなれば、さもあるべきか。たとへば、犬鳥などの人の屍や糞を甘んじ喰ふを見れば、さて〱穢はしき物を喰ふ事かなと思へども、犬鳥の身に成りたらむには、定めて人は此美食をしらずして、却つて賤め、五穀なむどの味なき物をのみたつとみ喰ふことかなと思ふべし。前にいへる世俗の樂の如きは、聖人の道を學ぶものゝ、眼より見る時は、犬鳥の屍糞を喰ふを見るよりも、猶ほ甚しく、中〻樂はおもひも寄らぬ事なり。故に道を學ぶもの、まづ此實學に志して、たゞ日用人倫の道を辨へ、身に行はむと覺悟すべし。聖人も、十有五にして學に志すと宣ひて、志は大切の場所と知るべし。はじめより、實學に志しまなぶ時は、學ぶところ、みな己が爲にするの學問となれば、此所をよく〱工夫すべき事、肝要なるべし。愚歌に、身の爲に、ならぬ博識、學問は、名利に慢る、媒にして。
新字:井の中の蛙とやらむ、楽もその境界によりて、かはるものなれば、さもあるべきか。たとへば、犬鳥などの人の屍や糞を甘んじ喰ふを見れば、さて〱穢はしき物を喰ふ事かなと思へども、犬鳥の身に成りたらむには、定めて人は此美食をしらずして、却つて賤め、五穀なむどの味なき物をのみたつとみ喰ふことかなと思ふべし。前にいへる世俗の楽の如きは、聖人の道を学ぶものゝ、眼より見る時は、犬鳥の屍糞を喰ふを見るよりも、猶ほ甚しく、中〻楽はおもひも寄らぬ事なり。故に道を学ぶもの、まづ此実学に志して、たゞ日用人倫の道を弁へ、身に行はむと覚悟すべし。聖人も、十有五にして学に志すと宣ひて、志は大切の場所と知るべし。はじめより、実学に志しまなぶ時は、学ぶところ、みな己が為にするの学問となれば、此所をよく〱工夫すべき事、肝要なるべし。愚歌に、身の為に、ならぬ博識、学問は、名利に慢る、媒にして。
書き下し
井の中の蛙とやらむ、樂もその境界によりて、かはるものなれば、さもあるべきか。たとへば、犬鳥などの人の屍や糞を甘んじ喰ふを見れば、さて〱穢はしき物を喰ふ事かなと思へども、犬鳥の身に成りたらむには、定めて人は此美食をしらずして、却つて賤め、五穀なむどの味なき物をのみたつとみ喰ふことかなと思ふべし。前にいへる世俗の樂の如きは、聖人の道を學ぶものゝ、眼より見る時は、犬鳥の屍糞を喰ふを見るよりも、猶ほ甚しく、中〻樂はおもひも寄らぬ事なり。故に道を學ぶもの、まづ此實學に志して、たゞ日用人倫の道を辨へ、身に行はむと覺悟すべし。聖人も、十有五にして學に志すと宣ひて、志は大切の場所と知るべし。はじめより、實學に志しまなぶ時は、學ぶところ、みな己が爲にするの學問となれば、此所をよく〱工夫すべき事、肝要なるべし。愚歌に、身の爲に、ならぬ博識、學問は、名利に慢る、媒にして。
現代語訳
井の中の蛙という言葉があるように、楽しみもその人の境遇によって変わるものですから、そういうこともあるのでしょう。たとえば、犬や鳥が人の死骸や糞を喜んで食べるのを見ると、なんと汚いものを食べることかと思いますが、犬や鳥の身になってみれば、きっと人はこの美食を知らず、かえって卑しんで、五穀のような味のないものばかりを尊んで食べると思うでしょう。先にいった世俗の楽しみは、聖人の道を学ぶ者の目から見れば、犬や鳥が死骸や糞を食べるのを見るよりも、なお甚だしく、とても楽しみとは思えません。ですから、道を学ぶ者は、まずこの実学に志し、ただ日常の人倫の道をわきまえて、身に行おうと覚悟すべきです。聖人も「十五歳で学に志した」とおっしゃっており、志は大切な所だと知るべきです。はじめから実学に志して学ぶなら、学ぶところはみな自分のためにする学問となります。この点をよくよく工夫することが肝要です。拙い歌に、「身のためにならない博識や学問は、名利に驕る仲立ちとなってしまう」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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啓発録・跋嗚呼如何せん、吾身刀圭の家に生れ、賤技に局々として、吾初年の志を遂る事を不得を。然れども所業は此に在りても、所志は彼に在り候へは、後世吾心を知り吾志を憐み吾道を信ずる者あらん歟。嘉永戊申季夏橋本左内誌。
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「孔子東山に登りて魯を小とし、泰山に登りて天下を小とす。故に海を観る者には水と為し難く、聖人の門に游ぶ者には言と為し難し。水を観るに術有り、必ず其の瀾を観る。日月明有り、光を容るるところ必ず照らす。流水の物為るや、科に盈たざれば行かず。君子の道に志すや、章を成さざれば達せず。」
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『大和俗訓』巻之一・為学上されども芸は末なり、道義の学は本なり。芸をひたすら好めば、必学の志をうばはれて失ふものなり。いはんや私欲のなぐさみ好みにまかするをや。いましむべし。志を立つれば、たとへば西国の人のあづまへ行かんとおもひ立ちて、日々に行くに、其間昼夜あづまへ行かんと思ふ心は、念々つねにやまず。是あづまへ行く志たつなり。かくの如くなれば、つひに志す所に行きとどかずといふ事なし。道に志すも亦かくの如くなるべし。
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『正法眼蔵随聞記』巻五亦云く、仙人ありき、或人問て云く、如何がして仙を得ん、仙人の云く、仙を得んと思はゞ仙道を好むへしと、然れば学人も仏祖の道を得んと思はゞ、須く仏祖の道を好むへし、
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『慎思録』巻之一道に志す者は、須らく誠敬以て其の志を守るべし。然らざれば則ち流蕩放荒して道を忘れ、終にも亦必ず亡びんのみ。今の学者、大率人の不善を責むるの意思常に多くして、己の不善を責むるの意思常に少なし。此れ聖賢を以て人を律し、衆人を以て己を待すと謂ふ。是を以て学を為す者の、終に己に益無き所以なり。
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論語・公冶長篇顔淵・季路侍る。子曰く、「盍ぞ各々爾の志を言わざる。」子路曰く、「願わくは車馬衣裘、朋友と共にし、之を敝るとも憾み無からん。」顔淵曰く、「願わくは善に伐ること無く、労を施すこと無からん。」子路曰く、「願わくは子の志を聞かん。」子曰く、「老者は之を安んじ、朋友は之を信じ、少者は之を懐けん。」

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